第八夜『自称天才鳥使いの俺、勇者一行から役立たずと追放されるも、今は宮廷鳥匠となって第二の人生を歩む。今さら遅いが、頼むから戻って来てくれと俺に言ってくれ-Nike-』

2022/05/18「夕日」「フクロウ」「業務用の脇役」ジャンルは「邪道ファンタジー」


「すまないがジロス君、君はクビだ」

 俺にそう告げたのは、勇士クレイトス。俺が知る中で最も強く最も優しく最も勇士と呼ぶに相応しい人間で、その上俺とは長いつき合いで兄弟のような間柄だ。

 こう言った解雇は、別段俺達の様な職種には特に珍しくもない事だ。その証拠に酒場のオープンスペースでこうして話していても、周囲から珍しい物を見る奇異の視線は感じられない。

「待ってくださいよ、俺がクビ? 何故ですか? 俺はこれまでの冒険で確実に貢献していたでしょう! この間も俺と俺のニケのおかげで有毒ガスを避けられたじゃないですか!」

「それがどうした、あんたが戦しかり調査しかり役に立たないと言っているんだよ! あんなものはあたしやクレイトスの魔法でも代用出来る」

 クレイトスに変わって俺に返事をした女性の名はビア。はっきり言っていけ好かない女だが、実力は確かで仕事とあれば他人と合わせる事をやってのける奴だ。認めるのは癪だが、こいつは俺よりもずっとクレイトスの役に立っている。

「それだけじゃない!俺達は俺のニケの偵察や伝書で助かった事が一度ならずあっただろ?」

 俺はそう言って相棒の入った鳥籠を示した。俺なんかよりずっと有能で働き者の相棒だ、役立たずなどと誰にも言わせるものか。

「だからそれが時代遅れの役立たずなのが分かんねーのかよ? どっちもあたしの魔法で代用が効くし、第一あんたは剣が使えないだろ。出来るのは槍や小刀みたいな素人でも扱える武器で、従軍経験も無ければ前線で戦った経験も無い。なんでこれまでこの稼業が出来て来たのか不思議でしょうがない!」

 ビアの攻め立てる言葉に俺は塞ぎこんだ。俺が異人や巨人やその他のバケモノと戦って生きているのは、他ならぬクレイトスとビアに助けられたからと言える。

 はっきり言って、俺は微力ながら力になる程度の事しか出来ていない。足りない人手を補うのがこのグループでの主たる仕事と言っても過言ではない。

「僕がこの港湾貿易都市でこの話を切り出したのは他でもない。この金を君に渡す。君は故郷に帰ってもいいし、この街で何か始めてもいい」

 そう言うとクレイトスは、ズシリと重い革袋を机に置く。ここから見える中身には、小さい店を始める事が出来る程度の大金が入っているように見えた。

 そんな手切れ金は要らないから、俺をクビにするのだけはやめてくれ!俺はなけなしの勇気を振り絞ってそう言おうとしたが、闖入者の声がそれを阻んだ

「御免! クレイトス殿の一行はここでよろしいか?」

 よく通る声、俺より遥かに高い背、俺なんか目じゃない精悍なマスク、俺とは比べ物にならない筋骨隆々の四肢にはちきれんばかりの胸筋、冴えない俺の黒髪とは何もかも異なる鮮やかで豊かな赤い髪。

「ああ、よく来てくれた。紹介しよう、彼はハーキュリーズ。今日から共に働く事になった、僕の従弟だ。」

「ご紹介に与かったアルケイデスの子ハーキュリーズと申す! これから轡を並べる事になる仲故、乾杯の一つでもしましょう!!」

 もう限界だった。俺はニケの入った篭を抱え、その場から逃げ出した。


「すまない二人とも、辛い役目を押し付けてしまって」

「いいよ、そんな事。あんた一人じゃ一方的にクビを言い渡して見捨てるなんて出来ないだろ? それより、どうするんだ? 追いかける?」

「いえ、クレイトス殿にその様な酷な役回りはさせませぬ。自分にやらせてください」

「本当にすまない、二人とも。ジロス君は冒険をやって行くには性根が優しすぎるからな」

 そう言うクレイトスの目は憂いと後悔を帯びていた。


 その晩、俺の泊っている酒場の宿の一室にハーキュリーズが来て何やら色々言っていたが、俺の頭にはまるで入ってこなかった。ジロス殿が抜けた穴は自分が埋めるだの、ジロス殿が抜けてもクレイトス殿とビア殿ならやって行けるだの、どうかクレイトス殿を怨まず怨むなら自分を怨んでくれだのと勝手な事を言って、酒を勧めて来たから呑んでやった。まるで味がしなかった。

 篭の中のニケが俺を不思議そうな目で見ている、これまで通り仲良くすればいいのに。と言いたそうな目だった。


 俺は俺をクビにしたクレイトスの言う通りと言う訳ではないが、船に乗る事にした。この港湾都市に根を下ろすのには俺は余所者だし、金魚の糞とは言えこれまでの俺の功績そのものは存在する。俺を受け入れてくれる場所はどこかにある筈だ。

 そう考えてニケと一緒に船に揺られていたが、物事は俺の心境とは反対にとんとん拍子に進んだ。

 クレイトス達が助太刀をして事無きを得た都市国家を中継した際に、その国の人達が俺の事を覚えていたのだ。

 俺は咄嗟にクレイトス一行は解散したと嘘を吐き、国王や貴族連中に取り入った。クレイトスの功績の威を借るようで癪だったが、あの野郎は俺を一方的にクビにしたのだ。罪悪感は全くなかった。

「ジロス殿の事も勿論覚えておりますよ! クレイトス殿も『ジロスは最高の鳥使いで僕はいつも助けられてばかり、僕が活躍できるのは一重に彼のおかげだ』と仰っておりましたしな!」

 俺はクレイトスを呪い、利用してやろうと思っていた事が少し恥ずかしくなった。


 それから俺は宮廷鳥匠となった。クレイトス一行で浮いていた俺だが、俺の鳥使いとしての能力は世間一般から見たら優秀な部類だったらしい。俺をクビにしたクレイトス、俺をズタボロに言ったビア、それから俺をここへ追いやったハーキュリーズもさぞ悔しがっている事だろう!

 ……俺は何を言っているんだ?俺はその日暮しの危険な冒険なんて稼業に未練はないし、憧れてもいない。今日は人慣れし始めた鷹に狩りを教える予定があるし、明日は朝早くから殿下の狩りに伴わねばならないのだ。俺には俺が勝ち取った人生があり、それはクレイトス達には一生かかっても味わえない薔薇色の代物だ。今さらクレイトスの事を想起しても俺には何のメリットも無い。

「おいジロス、何してるんだ?」

 俺が自分で自分に言い聞かせていると、殿下が親しげに話しかけてきた。

「ははーん、さてはまたジロスが流れ者だった頃の冒険譚を思い出していたんだろ?父上から聞いたぜ、ジロスは流れ者だった頃の事やご同輩方の話をする時が一番イキイキしてるって」

 殿下は俺の事をお見通しだった。子供だからではない、父王も俺の事を見透かしていた。きっと他人の目には、俺は他人の威を借る姿は分かり易いのだろう。

 俺は俺が大嫌いだ。

「いやはや殿下には敵いませんな、それでは俺は今日の務めがあるので失礼」

 俺は口から出まかせを吐くと、ニケを肩に乗せたまま逃げ出した。


 視線の先には洞窟があった。洞窟は無人で、これが血沸き肉躍る冒険譚ならば、壁の穴から矢や槍が出てきそうな雰囲気だ。その入口で三人の人間が何やら相談をしていた。

「どうだ、この洞窟はそれらしい気配は無いように思えるが、安全か。皆はどう思う?」

「待って、あたしが感知魔法を使う。……レンズを通してみた所、空気は無害。罠らしき形跡も見られない。見た感じ洞窟の奥までもぬけの殻ね」

「ガハハ! これはやられましたな! めげずに足で稼ぐ他ありませぬな」

 グループのリーダーの青年は、こんな時は古い友人の鳥使いの男が居たら我先にと偵察を提言していただろうな。と思っていた。

「クレイトス殿、何か思うところでも?」

「いや、何でもない。万が一があるかも知れない、洞窟を隅々まで見取り図を作って依頼人に届けるぞ。僕たちにとっては要らなくても、他人にとっては値千金の何かがあるかも知れん」

 リーダーの青年は、こういう時地図を率先して作りたがるのも、あの鳥使いの男だったな。と思い返していた。


「俺はもう風来坊じゃないんだ、冒険は死ぬまで決してしない」


(僕が彼をクビにしたのは正しかっただろう? 彼は争いが嫌いで向いていないのは確かだが、冒険をしている彼は満たされた表情をしていたのではないか?)


「クレイトス様一行は今も命がけで戦ってるだろう、あの有能な魔女とムキムキマッチョの従弟もついているし安全だが、俺には御免だね!」


(冷たく引き離すのが正解だったろうか? 僕が丁寧懇意に当人にとって幸せだし安全だと言い聞かせるべきだったのではないか?)


「俺はこうして国中の人間から認知されている。それもクレイトス様のオマケではなく、一人の鳥匠ジロスとその相棒ニケとしてだ!」


(僕が彼を危険から庇った時、彼はどう思っただろうか? 恩義を感じたか、自分を恥じたか、それとも余計な事をしてくれたと怒ったかも知れない)


「俺は冒険している時は一つも幸せではなかった! 心はワクワクしていたし、あの体験は最高だったが、あんな解雇宣告をされると知っていたら、冒険なんて最初からしなかった!」


(出来る事なら、僕は彼に謝りたかった。そして、最早叶わない事だが……)


「あいつが今さら何か言いに乗り込んで来たって、話を聞くものか! 勝ったのは俺で、負けたのはあいつらだ! でも、でもほんのちょっとだけ……」


「「皆で、もうちょっとだけ冒険がしたかったな」」


 事実は歪曲し、歴史は編纂され、真実は忘れられる。

 この地はかつて異民族や異形の怪物の軍勢が侵略してきた事があり、それを討って国を救ったのは兵士だけではなく、勇士クレイトスとその親友にして兄弟分である鳥匠ジロスである。

 街の学び舎で鐘が鳴り、学生たちが軽口をたたき始めた。

「終わった終わった、んじゃ各々用事済ませたら四時にジロス像の前で集合な!」

「なあなあそう言えばジロス像ってあるけど、実際のジロスってあんなデカい鳥を使ってたの?」

「んな訳ねえだろ! 本物と同じ大きさに作るなんて事あるかよ、もっと大きいに決まってんだろ! 敵軍を啄んでは喰って蹴散らしたんだから、普通の猛禽よりずっとずっとデカいって、伝記でも読んだぜ」

「けど不思議なんだよな、外国だとジロスよりクレイトスなんかが人気だって言うぜ? あんな地味でジロスの兄弟ってだけで目立たない奴が人気なんだろうな?」

「知らねえよ、ジロスがこの国の人間だからじゃねえの? なんて言ったって像や記念コインになる位だし、俺はジロスの方が立派な英雄だと思うけどな!」

 この街の人は今も昔も知らない。ジロスが劣等感や憧れの塊のような人間だった事も、ジロスがジロスの仲間達に劣る人間だと自分で思い込んでいた事も。

 ただ一つ言えるのは、この街の人間にとって、今も昔もジロスはクレイトスの頼れる仲間であったと言う事だけだ。

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