転校早々いじめられていた陰キャ男子を助けたら、超絶美少女な姿に大変身して迫ってきました
福田週人(旧:ベン・ジロー)@書籍発売中
第1話 俺が好きなのは
「す、好きです!
中学三年生になって迎えた二度目の春、つまりは卒業式の日のことだった。
式典もつつがなく終了し、涙ながらに友との別れを惜しむ者や、中学生活最後の思い出作りにと打ち上げへ繰り出す者が卒業ムードを盛り上げるなか。
俺はクラスメイトだった女子生徒から告白をされていた。
「私と、付き合ってくれませんか?」
今日が終わればもう二度と会うこともないかも知れない。あるいはそんな焦燥に背中を押されての、精一杯の勇気を振り絞ったのであろう愛の告白。
これが抜けるような青空のもと、校庭にそびえる大きな桜の木の下で、なんてシチュエーションだったなら実に甘酸っぱくて絵になっていたことだろう。
だが、その日はあいにくの雨。
講堂を後にして帰路につこうとした俺が、下駄箱に入っていた手紙を介して呼び出されたのは、桜の木の下ではなく旧校舎の空き教室だった。
雨粒がつたうガラス窓、軋む床板、薄暗い埃だらけのオンボロ教室。
まるでこれからの告白の成否を暗に示しているとしか思えないような、ある意味では出来すぎなシチュエーションだった。
「ごめん」
そして事実、俺はその女子の精一杯の告白を丁重に断った。
「君の気持ちはすごく嬉しい。でも、俺はその想いに応えることはできない」
下駄箱に入っていた薄ピンク色の可愛らしい便せんをそっと女子に返し、俺は言った。
途端に言葉を詰まらせ、みるみる顔を曇らせていく女子。
しばしの気まずい沈黙の後、やがて消え入りそうな声で尋ねてくる。
「……どうして、ですか?」
「え?」
「もしかして、既にお付き合いをされている方がいるんですか?」
「いや、俺に恋人はいないよ」
「なら、他に好きな人がいるとか?」
「そういう相手も特にいないんだ」
「そ、それじゃあ……私なんかじゃ、やっぱり楠木くんには釣り合わないからですか?」
「まさか。むしろ俺なんかには勿体ないくらいだよ」
告白してきたその女子生徒は、クラスの女子の中でも十分に可愛い部類に入っていただろう。控えめで大人しい印象ゆえにあまり目立つことこそなかったものの、クラスの男子生徒からも密かな人気を集めていたようだ。
そんな女子からの告白である。
まず二つ返事でOKしたのち、三日三晩は飲まず食わずで狂喜乱舞するのが健全な男子中学生ってものだろう。
「でも、ごめん。それでもやっぱり、俺には君とは付き合えない理由があるんだ」
たしかに今の俺には恋人どころか気になる女の子だっていない。
もちろん、彼女に対してなにがしかの不満があるという訳でも断じてない。
俺が彼女の告白を断るのは他ならぬ俺自身の、もっと重要な理由があってのことなのだ。
「理由、ですか?」
めぼしい敗因をことごとく否定され、それまでのただただ悲哀に満ちていた表情に一抹の困惑を滲ませる女子。
一体どんな理由なのかと、純粋に不思議がっている様子だった。
「ああ。俺は君とは付き合えない。なぜなら俺は……」
気付けば先ほどまで小雨程度だった雨空には雷雲が立ち込め、どこか遠くの方でピシャァァン! と雷の落ちる音がする。
いよいよ激しくなってきた雨音と、ゴロゴロと腹の底に響くような雷鳴だけが響く薄暗い教室の中、立ち尽くす女子をまっすぐに見据えて、俺は答えた。
「俺は──僕っ娘な女の子が好きなんだ!」
※ ※ ※ ※
ありがたくないことに一応は進学校を自称していることもあって、我らが横浜市立
中間テストだけでも七教科あり、期末試験に至っては十教科を優に超える試験を乗りこえるべく、帆港学園の生徒たちは毎回必死の思いで勉学に励むことになる。
おかげで普段はアニメを見たりソシャゲをしたりと遊び呆けている俺も、この時ばかりはさすがにテスト勉強に打ち込まざるを得ないのだ。
「や、やっと終わった」
高校二年の5月下旬、進級してから一発目の中間テストが終了したこの日も、俺は連日の猛勉強による疲れで例によって心身ともにぐったりしていた。
「お疲れさん、楠木。お互いにどうにか修羅場を乗り越えられたな」
前の席に座る
テスト期間中に教室を支配していたピリピリした空気はいまやどっと
「お前、この後はどうせいつもみたいに帰るだけだろ? せっかくテストも終わったことだし、中華街にでも行って軽く打ち上げしようぜ」
「……僕っ娘な美少女と恋人になってキャッキャウフフしたい以外の感情がない」
「おっとぉ? テスト疲れでまた始まったな、楠木の発作が」
やれやれ、と首を振る清水に顔だけを向けて俺は呻く。
「なぁ、清水。俺この世界には僕っ娘が足りないと思うんだよ」
「あーはいはい、そうだな。転生先には沢山いるといいな」
「待って。違う。べつに異世界に行きたいとかそういう話じゃあない」
というか、それだと一回死ななきゃいけないじゃんか。通り魔に刺されるのも、トラックに轢かれるのも嫌だぞ俺は。
「そうじゃなくて、リアルにってことだよ。なぜ? ホワイ? どうしてリアルには僕っ娘が全然いないんだ?」
ツンデレ、アホの子、クールビューティー……漫画やアニメに登場する女の子には様々な属性があるものだけど、中でも俺が愛してやまないのが「僕っ娘」だ。
可憐で女の子らしい外見とは対照的に、口調や言動の端々にどこかボーイッシュな雰囲気を感じさせる僕っ娘はまさに奇跡のコラボレーション。
甘いココアに一つまみの塩を加えることでさらにその甘味が際立つがごとく、美少女に僕っ娘という一つまみの少年的要素が加わることで、その美少女っぷりはどこまでも跳ね上がるのだ。可愛さ天元突破、尊さ無限大、そんな感じである。
もしも世の女性の半分、いや三分の一でも僕っ娘になったならば、もはやこの世界中で起こるあらゆる戦争や紛争はなくなると言っても過言ではないだろう。
「つまり、世界の平和の為にも僕っ娘は必要不可欠な存在のはずなんだよ!」
「相変わらずの僕っ娘信者っぷりだなぁ」
俺の熱い力説に、けれど清水の反応は冷めたものだった。
「そんなんだから、そこそこモテるくせにいつまでも彼女の一人もできないんだよ、お前は。中身はともかく、せっかく見てくれだけは良いのにさ」
「はぁ? な、なんだよ急に。モテるとか、俺は別にそんなんじゃ」
「じゃ聞くけど、お前二年になってからのこの一か月だけで何人の女子から告白された?」
「うっ? そ、それは……」
追い詰めるような清水の問いに、俺の頬を一筋の汗がつたう。
「……六人くらい、です」
ハンっ、と清水が鼻を鳴らす。
「これだよ。そういう奴を世間じゃ『モテる』っていうんだぜ」
たしかに……たしかに俺は、同年代の男子の中では整った容姿をしている方なんだろう。
うちの家系には美男美女が比較的多いということもあるんだろうけど、とにかく俺は外見だけで言えば、それなりに異性ウケする風貌に見えるらしかった。
実際、中学の頃から女子に告白されることは何度かあった。高校生になった今でもそれは変わらず、この五月の間だけでも数人の女子から想いを告げられていたりする。
「なのにお前ときたら、毎回毎回『僕っ娘が好きだから君とは付き合えない』の一点張りだもんな。ほんと、残念イケメンってのはまさにお前みたいな奴を言うんだろうよ」
「い、いいだろ別に。たとえ何人の女子から告白されようが、俺は僕っ娘一筋なの!」
「いっそ誰かと付き合っちまえよ。そんで彼女になった女の子に『僕』って言ってもらえばいいじゃんか。ほら、これで念願の僕っ娘彼女の出来上がりだ」
「どこがだよ。そんな上辺だけの僕っ娘属性なんかには興味ないね」
俺がそっぽを向いてそう吐き捨てると、清水が苦笑する。
「気持ちはわからんでもないけど、天然ものの僕っ娘なんてまず現実にはいないだろ。あれはあくまで二次元の中だから萌えるんであって、リアルにいたら浮くのがオチさ」
それから何かやけに可哀想なものを見るような顔でポンと俺の肩を叩いた。
「だからな楠木、二次元と三次元をごっちゃにするのはもうよせ。な?」
「うるさいぞロリコン。『ママみのある幼女に毎日死ぬほど甘やかされたい』とか言っちゃってる奴に、現実どうこう言われたかないんだよ」
「おいおい、人聞きの悪いことを言うな。いつも言ってるだろ? 俺はロリコンなんかじゃない、『ロリマザコン』だ。そんじょそこらの凡夫どもと一緒にするんじゃない」
清水はさも心外だとでも言いたげにふんぞり返る。
あまりにも堂々とした態度なので一瞬カッコいいことを言っているようにも見えるが、ただ単にロリコンとマザコンを併発した変態であることを宣言しているだけだ。
ていうか、ロリマザコンて何だよ。勝手に変なコンプレックスを作るんじゃない。
「はぁ……欲しいよなぁ、僕っ娘で美少女な三次元彼女」
訊いてもいないのにペラペラと自分の性癖について語りだした悪友をよそに、俺はぼんやりと、まだ見ぬ理想の彼女の姿に想いを馳せた。
けれど、この時の俺はまったく想像もしていなかったんだ。
僕っ娘で美少女な三次元彼女。
そんな理想が……まさかあんな形で実現することになるなんて。
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