公演 三日目 舞台

 ――ティーネが表現する英雄の姿は凛々しい成年の姿であり、陽気な音楽は妹の冒険者と過ごす日々をとても楽しそうに表している。


 初日の公演では生まれから家族との別れを。

 二日目の公演では初級冒険者の苦労を描き、

 本日の公演で竜を討伐する事を決めた英雄が、竜を見つけるために人々を巻き込んでいく姿を演じている。


 御伽噺としても有名な英雄譚のため、キアラやチサは物語の終盤である今回の場面でも、歌と音楽で表現される公演をとても楽しんでいる。


 そんな御伽噺を知らない瑞希とシャオは、話の流れがわからないためティーネの歌声と楽団の奏でる楽器の音を純粋に楽しみ、トットは目を見開いてティーネの姿を追っている。

 

 英雄を演じるティーネの声は、時に凛々しく、時にちゃらけたりもするので、観客も惹かれたり笑ったりと、とても楽しそうな声が漏れ聞こえている。


 そして場面は妹冒険者を抱きかかえる英雄に移り変わる。


 ティーネが演じるのは、先程まで飄々としていた場面が続いていた英雄の人物像からは打って変わり、落ち着いた声量で淡々と妹に話しかける英雄の姿だ。


 だが、観客に伝わるのは自分の無力さと、驕りに対する憤怒の感情を必死に抑えるような姿であり、妹に話しかける姿は英雄ではなく、一人の兄の姿だ。


 妹が薄っすらと涙を流し何かを呟き、兄がそれをゆっくりと頷き受け入れる姿は、観客の涙を呼び込み、それと同時に英雄の感情が流れ込む様に、やるせない怒りに支配される。


 事切れた妹に対し、英雄は天を仰ぎ、咆哮する。

 楽曲は英雄の気持ちを代弁するかの様に、静寂な音から、燃え盛るような音へと変貌し始めた。


「――くだらん話なのじゃ」


 瑞希の膝の上でそう漏らすシャオは、悲しむよりも苛立っていた。

 瑞希はそっとシャオの頭に手を乗せ、優しく宥める様に頭を撫でる。


「(作り話に何を怒ってんだか……)」


 二人の視線の先に映るティーネの姿は、剣を鞘から抜き、会場に居る観客に向ける。

 小柄な筈の彼女の姿は、猛々しい音楽と勇ましい歌声で、不思議と大きく見える。

 観客に伝わる英雄の顔は、涙を流しながらも眼光が鋭く、空に視線を見据えこう言い放った。


「豊穣なる大地や、人々に仇なす竜よ! 我が妹の灯を消し去った竜よ! 何処に行こうと! 何をしようと! 最後に貴様の命を絶つのはこの私だっ!」


 憎しみが込められた台詞に、客席から怒号の様な声が鳴り響く。

 それは当時英雄が民衆から受けた歓声を再現するかの様なのだが、観客の視線は既にティーネの姿に魅了されている様だった。


 瑞希は近くに座るトットの肩を掴む。


「トット! ティーネさんの劇はいつもこんな感じか!?」


 観客の声にかき消されぬ様に、瑞希声を上げて確認する。

 観客達は今にも誰彼構わず襲い掛かりそうになっている者もいる。


「んな訳ねぇだろ!? ドマル、歌姫が止めて欲しいって言ってたんなら止めようぜっ!? 歌姫の歌は確かに心を動かすがこういう事じゃねぇよ! こんな……こんな感情を支配するような歌は変だって!」


 瑞希達が辺りを見回していると、瑞希の耳に聞き覚えのある、聞きたくない声が響く。


「(ミーちゃん、私の声聞こえる? 聞こえたら手を挙げて)」


 瑞希はその声に従い、右手を挙げる。


「(やぁん! ミーちゃんが私の言いなりになってくれてる~!)」


 場違いな言葉の内容に苛立つ瑞希に呼応するように、シャオが素早くフィロの元へと風球を放つ。


「(痛ぁいっ! なにすんのよっ!?)」


「良いぞシャオ、もっとやれ」


「あやつは本当に懲りん奴なのじゃ」


 良い笑顔を見せる瑞希と、うんざりした表情のシャオを見たチサは、見覚えのある光景に一人納得した。


「……フィロはなんて言ってるん?」


「自分達はこの演劇に金を出してる貴族と一緒に居て、動けないんだとよ」


「……バージらしくないなぁ?」


「リルドにはちゃんとテンわさびを付けたお土産も渡したんだけどな……。まぁいい、バージが責任取ってくれるらしいからさっさとティーネさんを止めようか。チサ、皆の護衛は任せても大丈夫だよな?」


「……当たり前っ! 魚さん!」


 杖に魔力を込め、ショウレイを呼び出したチサは、素早く水魔法で障壁を作り上げた。


「くふふ。上出来な早さなのじゃ」


「じゃあ俺とシャオはティーネさんの元へ行ってくる」


 瑞希がそう言ってシャオの右手を握り、駆け出す様に風魔法を放った。

 観客席を飛ぶ様に移動する瑞希の眼下には、観客同士で殴り合いをする者や、瑞希に対し手を伸ばして捕まえようとする者もいるが、中には正気を保っている様子の観客達が、我先にと会場を抜け出そうともしている。


「シャオ! 先にあっちの家族の前に氷壁を出してくれ!」


「人使いが荒いのじゃ。じゃがわしの肉まんを買った者を見過ごすのも後味が悪いのじゃ!」


 他の観客に襲われそうになっている家族の前に、寸での所で分厚い氷壁が現れた。

 瑞希とシャオはその氷壁の上に立ち、家族に声をかけた。


「あそこにいる俺達の仲間の元まで走れますか?」


 瑞希の登場にどよめく家族は、瑞希が指差す場所を確認すると何度も頷いた。


「ミズキって名前を出せば大丈夫ですから、落ち着いて移動してください」


 瑞希はそう言って進路方向に氷壁を何枚か突き立てた。


「うぬぬ。ミズキもやるようになったのじゃ」


「お前程じゃないって。シャオだって肉まんを上手に作れるだろ?」


「くふふ。わしの肉まんを食べたお主等はついておるのじゃ」


 他愛無い雑談をしながら飛び跳ねる兄妹に、残された家族達は今の兄妹が誰だったかを思い出す。

 それと同時に昨日食べた屋台街の美味な料理を思い出し、もう一度食べるためにもここを抜け出そうと気合を入れた。


 この騒ぎの中、未だに劇を続けるギルカール楽団の元に降り立った兄妹は、船上で楽しそうに演奏していた面々の姿を見て舌打ちをする。


「そういやティーネさん達には食べさせてなかったな」


「こやつ等が身に着けておる魔石は、案の定セイレーンの魔力が放出されておるのじゃ」


「じゃあ皆今頃幻想の中か……。シャオ」


「もう終わったのじゃ」


 瑞希が声をかけると同時に、楽団が使用している楽器を一纏めに薙ぎ払う。


「おぉいっ! 皆が大事にしてる楽器なんだからもうちょっと優しくっ!」


「わ、わかっておるのじゃ!」


 楽器を壊さぬ様に風魔法の操作に気を取られるシャオの元へ、一振りの剣が薙ぎ払われた。

 それを防いだのは短刀代わりに懐に忍ばせていた一振りの包丁である。


「だあぁぁ! 俺の包丁が!」


「じゃから剣を持って来いと言ったのじゃ!」


「帯刀してたら会場に入れないって言われたんだよ!」


 包丁を逆手に構えた瑞希から距離を取るのは、先程まで歌っていた筈の歌姫、ティーネ・ロライアである。


「妹の……、俺の邪魔を何故するっ!」


「何言ってるのか分かりませんが、そんな危ない物はさっさと下ろしませんか?」


 瑞希に向け突き出された直剣は、瑞希の構えた包丁によってずらされる。


「ほほぅ! 短刀も中々扱える様になったのじゃな」


「ジーニャって先生に多少教えて貰ったからな」


 間違いなく瑞希に対し殺気が込められた剣戟を、瑞希はのらりくらりと交わす。

 その攻防を見ていた正気を保つ観客達は、もしかしたら劇の延長なのではないかと勘違いする程、安心感を持って眺めていられた。


「終わったのじゃ」


「よっしゃ。じゃあティーネさん、ここら辺で幕引きをお願いします」


「ふざけるなぁぁぁっ!」


 そう激昂し、振り降ろされた直剣は、甲高い音ともに切れ落ちる。


「くふふふ。わしの事を忘れてはいかんのじゃ」


 青く光る包丁を持つ瑞希の傍らから、ティーネに向けて指を差したシャオが風魔法を放つのであった――。

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