第二話 魔女の秘密

 俺は深呼吸をすると、ひとまず心を落ち着かせる。


 その視線の先にはジャハガナンと名乗った蛇がいて、こちらを見ながらにんまりと笑っている。

 まるで人間のような豊かな表情だし、コイツは何もかも知っているという顔をしている。


 ならば、問い質さなければならないだろう。


「一体、俺の身に何が起こったんだ? その様子だとお前なら何か知ってるんだろ?」


 それを知らないことには始まらないし、蛇、いや、ジャハガナンの方も滑らかに言葉を紡ぐ。


「すぐには信じられないかもしれないが、あなたは永遠の魔女と時空を超えて精神を交換したのだ」


 精神の交換だと? 確かにそれなら今の状況にも説明が付くが。


「あの声は幻聴じゃなかったって訳か。にしても、人間の精神を入れ替えるだなんて神の如き力じゃないか」


 これが夢だったら盛大に笑ってやれたんだが、そんな訳にはいかないようだ。


「神ではないが、それに匹敵するほどの力があるのは確かだな。とにかく、ここはあなたにとっては異世界に当たるし、永遠の魔女のお墨付きを得たのなら、好きに生きればよろしかろう」


「そんなことを言われても……」


 いきなりおかしな状況に放り込まれて、好きにしろと言われても正直、困る。 

 舵のない船に乗せられたようなもんだ。

 せめて、どういう風に生きるべきか、その指針くらいは欲しいところだ。


「心を強く持つことだ。そうしないと、今は自分の世界の自我を保っていられるが、いずれは肉体に引っ張られて身も心もアーリアになってしまうぞ」


 ジャハガナンは俺の心胆を寒からしめるようなことを口にする。

 今まで持っていた自我が変わってしまうなんて想像が追いつかない。

 でも、身震いしてしまうような怖さは感じる。


 美少年ならともかく美少女にはなりたくないな。


「そのアーリアって言うのは、何を考えているんだ? 声だけを聞くなら無邪気な少女って感じだったが」


 善人なのか悪人なのかは知っておきたいところだ。

 あの何とも蠱惑的な声を思い出すに、清らかな心を持った少女、という訳ではなさそうだが。


「あなたが指摘している彼女は厳密にはアーリアではない。それは、現在のあなたの肉体の名前だし、彼女は人間の体を渡り歩ける永遠の魔女だ」


 ジャハガナンは難しい説明を続ける。


「彼女は他人の人生を奪うことを楽しみにしている。散々、他人の人生を楽しんだ後、別の肉体に移ったり、元の肉体に戻ったりするのだ」


「タチが悪いし、俺はそんな奴に目を付けられたのかよ」


 まるで悪霊みたいな奴だな。

 人の人生を弄ぶような奴は、例え女の子でも好きにはなれない。

 俺の人生を蘇らせるとか言っていたが、どんな好き勝手をやってくれるのやら。

 両親がいる世界で犯罪だけはやってくれるなよ。


「タチが悪いという言葉は否定しないし、あなたもいつ彼女が戻ってきても良いように覚悟は決めておけ」


「彼女が戻ってきたら、俺はどうなる?」


「運が良ければ元の肉体に戻れる。悪ければ、精神を丸ごと消されることになるだろうな」


「益々、タチが悪いな。やっぱり、魔女なんて世間のイメージ通りのロクでもない奴だし、もし俺に力があったら火炙りにしてやりたいよ」


 俺は救いのないような話を聞いて、心底、うんざりしたような顔をしながらそう言った。

 が、ジャハガナンはそんな俺に気休めのような希望を持たせる。


「それは妙案だ。ただ、私の見解では彼女はもうその肉体には戻って来ない気がする。その肉体での暮らしは飽き飽きしたようなことを言っていたからな」


 俺はそんな暮らしを押し付けられたって訳だ。やれやれだな。


「そう願いたいもんだし、今度、永遠の魔女とかいうのが現れたら一発殴ってやるぞ」


 そう息を巻くように言うと、俺は目の前の棚に置いてあるティーポットに手を伸ばす。中には冷めた紅茶が入っていたので、それをラッパ飲みにした。


 紅茶はほとんど飲まない俺だが、それでもかなり上等な味がした。


 この世界がどんなところかは知らないが、こんな美味しい紅茶が飲めるのだからきっと悪い世界ではないに違いない。


 過ぎたことをあれこれ悩んでも仕方がないし前向きに生きなきゃ、ね。


 ゲッ、今、女の子のような心になっちゃったよ……。

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