人生に絶望していたら魔女になれたので、充実したスローライフを送ります

カイト

第一部 魔女の生活

 第一話 人生の交換

 三十年以上も生きてきたが、良いことなんてほとんどなかった。


 義務教育の学校でも友達なんて一人もできなかったし、女の子と付き合ったことも一度もない。

 むしろ、女の子たちからは避けられていたような気さえする。

 社会人になってもやはり交友関係は上手くいかず、結婚なんて言葉は遠のくばかりだった。


 おまけに経済事情は極めて厳しく、そんな中で勤めていた会社をクビになってしまった。

 今は親の保護があるから何とか生きられるが、それがなくなったらどうする?


 このまま生きていても絶望しか感じないし、さっさと楽になりたいな。

 手っ取り早く自殺してしまおうか。

 人間なんてどうせいつかは死ぬわけだし、死んでしまえばみな同じだ。


 人生を終わらせるのに必要なのはほんの少しの勇気だけ……。


 そんな悲観的なことを考えていると「そこまで言うなら、私と人生、交換してみませんか?」という声が聞こえてきた。


 可愛らしい女の子の声だが、ここは自分の部屋だしそんな声が聞こえてくるはずがない。


 俺は幻聴でも聴いているのかと思ったが「私と人生を交換してください。もう今の生活は嫌なんでしょ?」と、またしても明瞭に声が聞こえてくる。


 しかも、そんな言葉がしつこく頭の中で何度もリピートされるので、喧しいことこの上ない。


 訳が分からなかった俺だったが、何だか無性に腹が立ってきたので、誰もいないはずの自分の部屋で声を張り上げる。


「代われるものなら代わってやる。だから、さっさと何かして見せやがれ!」


 俺は怒気を孕んだ声で言った。


「では、契約は成立ですね。もう死ぬしかないと匙を投げたあなたの人生、この永遠の魔女が見事、蘇らせて見せましょう」


 そう妖艶さを感じさせる女の子の声が返ってきた。


「何だと?」


「その間、あなたは退屈な魔女暮らしでもしていてください。慣れてしまえば、結構、良いものですよ、魔女も」


「ちょっと待て? 魔女って一体、何なんだよ?」


 俺はあまりに急すぎる展開に泡を食う。


「そんなに慌てなくても、すぐに分かりますよ。あなたは大船に乗った気持ちでいれば良いんです」


「馬鹿なことを言うな!」


 パニックを起こした俺は思わず怒鳴るような言葉を飛ばす。


 この聞こえてくる声の言いなりになってはいけないと、頭の中で警戒信号が激しく明滅していた。


「やれやれ、聞き分けのない人ですね。そんなんだから、こんな豊かな国にいるのに死にたくなるほど追い詰められるんですよ」


「それは……」


「とにかく、あなたの人生はこの永遠の魔女がもらい受けますし、これ以上の問答は無用です!」


「お、お前は一体…………」


 全てを言い終える前に俺の意識は急速に遠のいて行く。

 微かに冷蔵庫のプリンを食って置けば良かったと後悔するように思ったが、そんな思いも掠れて消える。


 それから、どれだけの時間が経ったのかは分からない。


 が、俺が悪い夢から覚めたようにハッと目を開けると、そこはいつもの見慣れた自分の部屋ではなかった。


 木で造られたような壁や床。黒檀でできているような机には怪しげな水晶玉が乗っかっている。

 他にも何かの動物の剥製や白い骨などが部屋のそこかしこに飾られていた。

 部屋に篭っている臭いも独特で、まるで漢方薬みたいな臭いだ。


 そんな部屋を照らし出しているのは蛍光灯ではなく時代がかったランプ。


 正直、この部屋の主人は良い趣味をしているとは言い難い。まるで、魔女か占い師の部屋だ。


 俺は白昼夢でも見ているのか?


「ようこそ、永遠の魔女が紡いできた人生へ。私はあなたの使い魔で、導き手でもあるジャハガナンというものだ。今後ともよろしくたのむぞ、アーリア」


 俺は机の上に乗っかっていた青色の蛇の言葉を聞き、弾かれたように壁にあった鏡を見る。


 そこには豪奢な感じの長い金髪に宝石のような青い瞳、抜けるような白い肌を持った十六歳くらいの美少女がいた。


 俺が手を挙げると、鏡の中の少女も手を挙げる。笑えば、鏡の中の少女も笑う。


 それを受け、ひょっとして俺は魔女になってしまったのかと驚き惑った。

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