2 サムは妻のことを語る①

 家に戻ったら、妻のメイミは鼻歌まじりで繕いものをしていました。

 そして「ただいま」と言ったのですが、彼女はすぐには反応しませんでした。

 俺はもう一度、少し大きな声で繰り返しました。

 すると彼女は驚いて飛び跳ねて、きょろきょろと辺りを見渡しました。

 それからそろそろ、と部屋の入り口の方を見ると、ふんわりと笑いました。

 そしてこう言うのです。


「……ああ、心配して戻ってきてくれたのね。でもいいのに…… 私も坊やも元気よ」


 そしてつ、と立ち上がるとお茶の用意をしました。

 彼女はそのまま何事もなかったようにテーブルに二人分のお茶の支度をして、俺に留守中の話をし出しました。


「やっと坊やの夜泣きもだんだん少なくなってきたのよ。心配しなくても、お隣や向かいの奥さんが何かと私のことを心配してくれるの。だから本当、心配しなくっても大丈夫よ」


 俺はさらさらと立て板に水式で言う彼女に、口を挟む余裕もありませんでした。

 その後、俺は仕事の際にあった――ええ、無論機密事項は口にしません――同僚との話とか、捕まえた時に誰それがケガしたとか、自分は大丈夫だった、とかそういうことです。

 だけど彼女はそれらの話にはただにこにこと頷くだけで、それで? とかそれから? とか話を続けたりはしないのです。

 まあそうなの、とか、そうなのね、とかひたすら笑顔一杯で聞き続けるだけなんです。

 それはそれでいいだろうって?

 とんでもありません。

 俺の知っているメイミは、常に俺の話に対して、「それからどうしたの?」と興味を持ったり、「そんなことまでさせるなんて!」ケガをした同僚を心配したりそうなった状況に怒ってくれる女なんです。

 なのに本当にただ聞くだけで。

 それでまあ、夜になって一緒の床に就こうとしたら、不思議そうな顔で彼女は俺を見るんです。

 そしてまた、ふんわりとした笑顔で、こう言ったんです。


「そっか、こんなに温かく感じるのは、きっと夢だからだわ」

「だってあのひとはもう居ないんだし」

「でも嬉しいわ。夢でも」


 そして彼女がすがりついてくるのですが。

 そのまま彼女は何をするでもなく眠ってしまったのです。

 俺は正直怖くなって、夜も夜中だというのに、隣の部屋の扉を叩きました。

 ええ、俺のところは、あの集合住宅にありますから。

 家賃が安くて広いのでありがたいです。

 それに、俺達の様な若夫婦も結構居ますし、その若夫婦に付いてきている両親とかも一緒に居る場合もありますし。

 隣は俺達より十歳くらい上の夫婦です。

 子供が二人居ます。


「夜分すみません、隣の者ですが、妻のことについてお聞きしたく……」


 夜着のまま扉を叩く俺に何だと思ったのか、そろそろと隣の旦那さんは開けてくれました。

 すると非常に驚いた顔になったのです。


「サ、サミュエルさん、あんた、生きてたのか?!」


 え? と俺は隣の旦那さんに聞き返しました。

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