巡り巡るは桃源郷
蒼板菜緒
巡り巡るは桃源郷
「大変お待たせいたしました。ご用件は何でしょう。」
「公募惑星05Nの企画サイト分譲についての件で相談したいんですが」
「ああ、お掛けになって少々お待ちください。」
入り口で配布された紙コップに入ったお茶が、酸化しきって濁った緑色になっても、私に配られた整理券の298という番号は一向に電光掲示板に表示されなかった。それに気づいてから、3時間は経っただろうか。ようやく私の番号が呼ばれ、今こうして、カウンター席に座っている。
席に座りながら、慌ただしく動き回る周囲を眺める。あっちにいったり、こっちにいったり。機械的な人の群れだ。
真っ白なエントランスに、こうして座っているカウンターと事務机、そして長椅子がいくつも置かれている待合室以外には、何もない部屋だ。その中をせせこましく、誰も彼が行き交っている。私も先ほどまでは同じように見えていたのだろうか。皆が皆、誰かにこき使われているかのようにも見えるその光景に、自嘲しながら手に持った紙コップを飲み干す。意味のない行為だ。
ちょうど、受付が戻ってくるところだった。
「お待たせいたしました。えっと、公募惑星05Nの企画サイト分譲の件でご相談いただいたんですよね。」
「そうです。ここに来るといいって言われてきたんですが。」
「大変恐縮なんですが、ウチだと対応できる案件じゃないんですよね。」
またか。
係員は申し訳なさそうな顔をしながら、彼の上につり下がっている看板を指さす。
惑星環境課。そこにはそう書かれていた。せめてもの抵抗を示す意味で、口を開く。
「でも、ここに来る前に行ったところでそう言われたんですよ。
たしか、新規開拓管理局とか言ったかな?そういう部署の人に」
「大変申し訳ございません。部署間での情報共有が適切に行われておらず。
ほら、おかげさまで、なにぶん忙しいもので。」
プログラムされたかのように、申し訳なさを顔面に張り付けた彼に対して、何を言っても無駄だろうと悟った私は、いつものようにこのセリフを言う。
「じゃあ、どこにいけばいいか、教えてもらってもいいですか」
「大変申し訳ございません。758階の惑星開発課の、3番窓口の方に行っていただければ、お力になれると思います。」
「758階かい。また結構遠いね。」
「申し訳ございません。分業の一環で。」
「もういいよ。君に文句を言っても仕方ない。ありがとう」
「大変申し訳ございません。またのご利用をお待ちしております。」
ここから758階までは、エレベーターで5日はかかるだろうか。
その道程を思っても、もはや何も思わなかった。命令された案件が、今回も片付けられなかった。それだけの話だ。時間は無限ではないが、それなりにはある。
出口に向かった私は、そこで知己を見かけて声を掛ける。
「おい。久しぶりだな。こんなところで」
「ああ。ZAC202―Aか。お使いか?」
「相も変わらずね。新規サイト分譲の件で、どれだけたらい回しにされたか分からないよ」
「まだその仕事やってんのかよ。真面目だねえ」
「旧型だからね。新しい命令がない限り、この仕事しかやることがないのさ」
「そんなもんかね。で、次はどこへ向かうんだ?」
「758階の惑星環境課だと。どうせ今回も駄目だろうが」
「皆そうだよ。お前は、その案件が何年前に発行されたか憶えてるかい?」
「…我々は忘れないように作られてるだろ。321年と5カ月と18日前だ」
「そこまで覚えてるなら、それが何を意味するのか分かりそうなものだけどねえ」
「分かってるさ。ちなみにお前は、32年前に会った時も同じことを言ったよ」
「気を悪くしないでくれ、そういう風に作られたんでね」
「…もう、依頼主は、つまり私たちのマスターは死んだって言いたいんだろ?」
「マスターどころか、人類そのものが先の戦争で死滅してるんだ。たらい回しにされるのも、当たり前だと思うがねえ。
俺たちだけは何も決められないんだから」
「そんなことも分かってるさ。お前のような、自由意志がある新型を羨ましく思わないように私たちはできてるんだ。命令された通り、この仕事をやるだけだ」
「そうかい。時間取らせてすまないね」
「いいさ。じゃあ、また」
「ああ」
エレベーターに乗り込む。これまでの、長い、長い道程を思う。
これからの、長い、長い、道程を思う。
特に何も思わなかった。決められたことを、決められたとおりにやるだけだ。
そういう風に、作られているのだから。
巡り巡るは桃源郷 蒼板菜緒 @aoita-nao
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