第7話 1月
お正月は家で練習するのが凄く恥ずかしかったため、結局あまり練習は出来なかった。大晦日を含め四日も練習していないので、しばらくは納得のいく練習は出来ないだろう。
そんなことを考えながら、一月の四日。明けましておめでとうと言い合うために部長に呼ばれ、俺はそこへ向かう。
「こうすけくーん。おひさ!」
「あけましておめでとうございます」
「あけおめー」
今ではすっかり軽くなった音楽室の入り口のドアを開けると、いきなり聞こえてくる声。三年生が引退した後、部長を引き継いだ現部長だ。
そして、周りには見慣れない人もいる。
「バンド仲間。三月のコンサートには一緒に出るの」
校章を見て、全員先輩の同級生と分かったので一礼した。
お正月ボケで寝過ぎたため、部室に入ったのは結構遅かった。しかしいつもは早く来ては自主練している由佳里が今日は来ていない。
「由佳里は……」
小さい声で言ったつもりだったが、それがどうやら聞こえていたみたいで、
「なに、愛しの彼女が来ないって?」
「違いますよ!」
「ははは、嘘だよ。なんか体調崩しちゃったみたいでお休みなの。明日には来るって言ってたよ」
「そうですか」
本当だったら、年末のメールについて一言言ってやろうと思っていたのだが、それよりも、あの強気女が風邪で倒れることに少し驚いた。もちろん人である以上は風邪になることくらいはあるのだろうが。
次の日は正月のサボりの反動も少なく、いつものように朝早く来ることが出来た。今日は先輩も別のスタジオを借りて練習するらしいので、俺しかいないかもしれない。
と、思っていたのだが、音楽室を開けるとそいつはいた。
「おは……」
と、いつもに比べてなんか元気がないような声に聞こえる。
「よう」
由佳里は窓の外をじっと見つめながら動かない。顔ぐらい見せろよと言いたかったが、たまに頭がガクッと下がることから、相当眠いようだ。正月の反動がきていると予想される。
メールの恨み言を言ってやろうかと思ったが、反動がキツいのは昨日経験済みなので、放っておくことにし、俺は自分の練習を始める。
いつもの筋トレ、ボイストレーニングを終わらせる。
由佳里はまだ窓の外を見ていた。彼女の事だから、そろそろ動いても良さそうだが、しかしそっとしておくことにする。
今度は練習中の曲を始める。本当なら由佳里に聞いてほしいのだが、まだ辛そうなので頼むのはやめた。
決まっている二曲をとにかく練習する事に決めた。
一曲目は、ロック調の曲で、俺がやっていたゲームの主題歌なのだがこれがかなりお気に入りで、よくカラオケで歌っていた。少し得意なので多少は自信がある。しかし、人まで歌うに至って、滑舌が問題だと先輩にも、今はぐったりと頭を机に伏せている彼女に言われたので、今はそこを改善している。
二曲目は、有名な曲で、おそらく日本国民の八割は知っているだろう曲。それはみんな知っているだけあって評価は厳しくなる事が予想されるので、完成度を高くしないといけないらしい。こちらはいくらやってもまだまだ納得いかない出来で、先輩も、もっとほしい、とのことで、完成はまだ遠そうである。
両方の曲で二時間以上は歌い続けて、さすがに喉がキツくなってきたのでいったん休憩を挟むことにした。
「まったく、下手ね」
いつもより元気なさげでも少しはオブラートに包んでほしい言葉を投げかけてきたのは、ぐったりしていた由佳里だった。
まだ、椅子に座っていたが、顔を上げ、こちらを見ている。
とんでもないことに気づいた。
立ち上がろうとする彼女のところに俺は駆けより、
「お前大丈夫か?」
と聞く。
「な、何の話」
彼女は首を傾げる。
しかし、自分で気づいてないはずはない、他人目から見ても具合が悪そうにしか見えないのだ。
「お前、体調最悪なんだろ」
「バカね、そんなこと……」
一瞬顔が歪んだ。思った以上に重いかもしれない。
俺は彼女のおでこに手のひらを当てる。
「何すんのよ変態!」
心配してあげているのに、なんでそんな事を言われなくてはいけないのだ。理不尽にもほどがある。
熱い。
微熱ではないことは明らかだった。
「お前、熱あるだろ」
「そんな事」
「あるだろ」
「どいて、練習しなきゃ」
相変わらず、と言うべきか。
「おい……」
しかし、このままにするわけにもいかない。俺は立ち上がった彼女の手をつかんで、
「な、変態!」
という言葉を無視し無理矢理保健室へ引っ張っていった。
一階の保健室につくまで、バカだの死ねだの言われたが、保健室にたどり着き、無理矢理ベッドに寝かせて、ようやくおとなしくなった。
部屋に置いてあった体温計で体温を測ると三十九度二分。普通はこんな高熱で学校には来ようとは思わない。
しかし、由佳里はまだ自分は大丈夫と動こうとする。
「もう大丈夫だから」
「バカかお前。そんな熱でどこが大丈夫なんだよ」
「でも、練習しなきゃ」
「どうせ昨日も出来なかったんだろ。今日やらない位で変わらないよ。無理すんな」
由香里は咳をした。それがどうにも辛そうで、俺は何かしてあげられないか考え、とりあえず、氷水とタオルを用意した。しかし、彼女の頭には冷却シートが貼ってあることに今更気づき、何に使えばいいか困ってしまった。
「お正月も練習したのに、こんなところで」
「だから無理したら治らないよ」
「でも」
「お前なら大丈夫だよ」
「なんで」
「それは……」
彼女が俺を見る目は真剣だった。思えば由佳里はどんなときでも満足せず自分を高めようと努力してきた人間だった。そんな人間にとって練習をしないということは酷な事なのかもしれない。
しかし、
「お前が早く治ってくれなきゃ張り合いないだろ。いつもみたいに、こないだのメールみたいに、ズバズバ言ってくれないと、そんな弱々しいところ見たらテンション下がるんだよ」
「え……」
しばらく返事はなかった。いつもなら悪態つけばすぐ言い返してくるのに。
実際はそのような元気がないからだろう。
しかし布団の中で、黙ってくるまっているところを見るのはそんなに悪くない。いつもと違い可愛げがある。
と、思っていたら由佳里が、
「バカ」
と俺に向かって放った。前言は撤回しよう。
その後由佳里はすぐに寝てしまい、十五分後くらいに看護教諭がお昼ご飯から戻ってきた。すぐに保護者に電話をしてくれた。
一時間後、由佳里のお母さんが迎えに来た。話によると由佳里は黙って家を出たらしく、相当怒っていた。
そのとき、
「いつもお世話になってます」
と、俺に言ってくれた。
由佳里はどうやらインフルエンザだったらしく、冬休みが終わるまでは学校に来なかったらしい。
らしいというのは、俺も学校に行ってなかったからだ。由佳里がいないから、ではなく、インフルエンザがうつり、俺まで倒れる羽目になった。
残念ながら張本人からの心配のメールは一切届かなかった。俺はそれにため息をつくしかない。
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