10.学ぶべきお作法が増えました
侯爵様も久しく足を運んでいないとすれば、王都には侯爵様の人となりをそう知る人も少ないのではないでしょうか。
全否定されました後ですけれど、もし仮に領内に想い人がいたとしても、それをわざわざ王都まで出て行って公言するような人間が侯爵領にいるのか、そこから考えなければなりません。
出入りの商人?
彼らは貴族を貶める噂を避けるはずです。
あの商会の人間は口が軽いなんて噂が立つだけでも彼らには致命傷でしょう。
信用こそが彼らの最も大切にする財産だと思えば、噂が立つところで貴族を謗ることなど考えにくいものです。
では人違いだったのでしょうか?
それもあり得ないことだと思います。
貴族として、それこそ爵位を持つ方の名を間違えるなど大恥をかく行いです。
自分は教養が足りませんと宣言しているようなものですから。
とすれば、誰かがあえて侯爵様の噂を流したと考える方がすっきりしますが。
一体誰がこれで得をするというのでしょうか?
王命による結婚でありながら想い人を大事にする。
それは侯爵様を貶める噂に違いありませんが、その目的はなんでしょうか?
爵位や領地を奪う?そんなこと、考える人がいるかしら?
むしろ我が国では他貴族に任せておきたい領地として五本の指に入りそうな気がします。
領地ならば、王都にもほど近く、気候の穏やかな豊穣の地を欲しがるものではないかしら。
あるいは高価な石の採れる鉱山などを抱える領地でしょうか。
爵位だって、王都で働く領地を持たない貴族位を得た方が、安心して出世欲を満たせそうです。
わざわざ危険の多い、国境付近の領地を任されたいと望む理由が分かりません。
そうなると最後は他国……。
血の気が引いてしまいました。
スパイと呼ばれる者たちは、各国があらゆる国に忍ばせているものです。
それは我が国の王都にもいくらも存在するでしょう。
彼らがそんな噂を流し……侯爵様を貶め、味方にした国内貴族を新たに当主に立てて寝返らせる……まぁ、大変だわ!
「それも少し待ってくれ。この件はおそらく、そのような大事にはならない」
まぁ、声に出していたでしょうか?
侯爵様はこの心の声も聞こえたように首を振りながら、取っていた手にさらにもう片方の手を重ね、手の甲を撫でるようなことをなさいました。
確認すべき新たなお作法が増えましたね。
恥を忍んで、あとでこっそり侍女の誰かに聞いてみましょうか。
「実はな、こちらにも噂は届いていたんだ」
「侯爵様のお噂でしょうか?」
「いや、君についてだ」
「え!」
やはりこの件には他国が絡んでいるのではないでしょうか?
王都で私の噂まで流れる意味が分かりませんもの。
近隣諸国は、王命によるこの結婚をよく思っていないということでしょうか。
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