第十五話『ゴリぞう』
ある日、休憩時間にアイの周りに集まっていた中の、一人の女子が突然泣き出した。
「ひどいよ! アイちゃん!」と誰かが怒鳴り「あやまんなよ!」と他の子も声を荒げた。
ヒナは自分の席からその様子を見ていた。何があったのか分からなかったが、アイが何かを言ったらしい。
アイはダルそうに「ハア」と溜息を付いた。そして、ジッと見ていたヒナの視線に気づくと「めんどくない? こいつら」と泣いてる子を指差して言った。
「なんなの! ひどくない? あやまれよ!」一人の子が大きな声で言うと「マジうっせぇし」とアイは言った。
「一人じゃ静かなくせに。集まった時だけ、ガアガア人の悪口ばっか言ってさ。ハブとか、シカトとか、クソだせぇ事ばっかやってんなっつーの。やりたきゃ、一人でやれば〜?」
アイはそう言うと、いきなり自分の机を持ち上げて「よいしょっ、よいしょっ」と横歩きで移動し始めた。そして、ヒナの机の横にピッタリ付けた。
何がしたいのか全く分からなかった。
「何してんの?」ヒナが聞くと「ここがいい」とアイは言い、ヒナの顔を見て笑った。
なんなの、こいつ。ぜんぜん意味わかんないんだけど。
アイに対する敵意は、以前に比べれば大分おさまってはいたが、それでも仲良くしようとは思っていなかった。
ヒナは訝しげにアイの顔を見ながら、おかしな感じに揺れ始めた自分の感情に戸惑った。
『ゴリぞう』
ある日の算数の時間だった。
産休で来れなくなった担任の代わりに入った「ゴリぞう」と、生徒から呼ばれていた男性教師が、始業のチャイムが鳴って早々「今日は小テストをやります」と言った。
ゴリぞうは、ガリ◯リ君を圧縮プレスしたような四角い顔の学年主任で、すぐに怒号を上げるので生徒たちからは怖がられていた。
ブーイングの嵐の中、テスト用紙が無慈悲に配られた。
そして始まりの号令がかけられ数分間、ヒナは頭を抱え、それから静かに鉛筆を置いた。
一問も分からなかった。
ヒナはクラスで一二を争うバカだったのだ。
やる事もなくなり頬杖をつきボンヤリしていると、カリカリと猛烈な勢いで答えを書き込む鉛筆の音が聞こえた。隣から。
意外と頭いいんだ。と、ヒナは思った。絶対に自分よりもバカだと思っていたから。なぁんだ、と思い、ちょっとガッカリした。
フウと息を吐き、ヒナは何気に横を向いた。そしてそれが目線に映り込んだ瞬間、ブッと噴き出した。
アイが猛烈な勢いで書いていたのは「ゴリぞう」の似顔絵だった。テスト用紙の裏側いっぱいに描かれていた似顔絵は、妙に顔の特徴を掴んでおり、口からキノコみたいなのが飛び出ている。
ヒナの視線に気づいたアイは、用紙をヒナにわざと向けた。ヒナは顔を真っ赤にして耐えた。するとアイはゴリぞうの横に吹き出しを付け加え「口からチンチン生えちゃった」と書き込んだ。ヒナは机に突っ伏し悶えたが、クックックッと漏れた声は教室中に広まった。
ゴリぞうは立ち上がって、犯人を見定めると「お前達、やる気がないなら出て行け!」と怒鳴り「廊下に立ってろ!」と二人に言った。
ヒナは息を切らせたまま「ふざけんなよ、お前」と、横に立っていたアイに小声で言い、顔を見た。真っ直ぐ前を向き、ニコニコ笑っている。
なんだよ、こいつ。気持ち悪い。
そう思っていると、アイは笑ったまま肘でヒナをつついた。
「なんだよ?」
ヒナが横に一歩移動すると、アイはくっ付いてきて、また肘でつついた。そして嬉しそうに目線を下に向け、合図した。
それを見たヒナはまた顔を赤くして、息を詰まらせた。
上に向けられたアイの手のひらにも、ゴリそうの似顔絵が描かれている。
アイは手のひらを縮めたり広げたりしながら「おまえら! 廊下に立ってろ!」と、ゴリぞうのモノマネをした。
マジックで描かれたゴリぞうがまるで喋っているように見え、ヒナは我慢出来ずに「アッハッハッハッ!!」と大声で笑ってしまった。
すると教室の扉が開いて、ゴリぞうが顔を出して静かに言った。
「お前ら、あとで職員室な」
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