第六話 『鬼』
「きみ、鬼だね」
「はあ?」
霊鬼はおもむろに手を伸ばして、またアイの上唇を捲った。そして、尖った犬歯を指して「ほら」と、新羅に向かって言った。
「これ、牙」
手を取り上げて「これは鬼の爪だし」頭に手を当て「ツノも生えはじめとる」と言った。
「いや、これ骨でしょ?」とアイが言うと「ううん、これツノ」と霊鬼はキッパリと言った。
「どういう事ですか?」と新羅が尋ねた。
「死んでから鬼になったんでしょうか?」
「いや、死んでも勝手に鬼になる事はない」
「では地上で生きている時から鬼だったという事ですか?」
「そうとしか考えられんね」
「地上で鬼は生きられるんでしょうか?」
「うん。生きられるよ」と霊鬼は普通に言った。
「でもその場合は、人を食べなくてはいけんからね。同じ生活圏で暮らす事はできない。ねぇ君、人間食べてたの?」と霊鬼がアイに聞くと「はあ!? 食べるわけないじゃん!」と、驚いて言った。
「お父さんとお母さんは鬼?」
「ん〜な訳ないじゃん!」
霊鬼は「う〜ん」と腕を組んで考えはじめた。そして、ふいに思い出したように「ちょっと、お腹出してごらん」とアイに言った。
え? やだ、何すんの? と、ドキドキしながらアイが上着をめくると、筋肉も脂肪も付いていない貧弱なペタンコの腹が露わになった。ヘソにピアスが貫通している。
「ちょっと、鍼もってきて」と霊鬼は看護師鬼に言った。
看護師鬼が持ってきたのは髪の毛ほどの太さの金色の鍼で、長さは20cm以上あった。
霊鬼はアイのヘソの下に手を当てがうと、おもむろにスッと鍼を刺した。
鋭い刀も五寸釘も、デカい斧でさえ傷一つ入らなかったアイの体に、なんの抵抗もなく入っていく。
「あん♡」と、アイは変な声を出した。
スススと、鍼がどんどん刺入されていく。
(やだ、そんな奥まで!)
そして、全部の鍼体が体の中に刺入されると、鍼をツンツン突つき出した。
(そ、そんなに激しく!! やめて、ロマンスグレー!)
霊鬼は、あるところで「ん?」と、突然、手を止めた。目を閉じて、何か考えこんでいる。
(‥‥‥え? もう終わり? やめないで、ロマンスグレー!)
そして「こ、これは!」と言い、驚いた顔でアイを見た。
「君‥‥‥」
(え? なに?)
「えらい事になっとる?」
(な、なにが?)
「う〜ん‥‥」
(なんなの?)
霊鬼は覗き込むようにアイの目を見ながら言った。
「随分、ウンコが溜まってるね」
(うぉい!!)
「ひどい便秘じゃな」
(そうだけど!!)
「もう大丈夫」
(何が!?)
霊鬼がゆっくりと鍼を抜いた瞬間、アイのお腹が急にゴロゴロと鳴り出した。顔が真っ青になり「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ」とキョロキョロ何かを探し始め、そしてお尻を押さえながら外に飛び出して行った。
・・・
二人は鬼化院を出た。
結局、便秘の治療をされただけだった。
新羅は、スッキリした顔で鼻歌を歌いながら歩いているアイを不思議そうに見ていた。
霊鬼様はアイは鬼だと言った。
それが本当ならば、地獄に来てからの、アイの人間離れした不思議な現象も説明がつく。
しかし、こいつは地獄に来てから一度も飯を食っていないはずだ。鬼ならば、時間が経てば腹が減り、何日も食わなければ、人間と同じように死ぬ。それに睡眠も取らなければ消耗していくはずだ。
新羅はふと思いついてアイに聞いた。
「おい、お前、地獄に来てから眠くなったりしないのか?」
するとアイは「寝てるよ」と当たり前のように言った。
「なに?」
「いや、普通に寝るっしょ。美容に悪いし」
「飯は?」
「食べてるよ」
「どこで? 何を?」
「え? 食堂とか」
「どこの?」
「無間地獄の、餓鬼食堂とかNiraya cafeとか。衆合地獄のバーとかクラブにもよく行くし。あ、そういえばあそこ知ってる? 大叫喚地獄の満金寿司。あそこの寿司、マジで激ウマだから!」
「‥‥‥金は? どこで手に入れた」
「金なんか持ってるわけないじゃん。あんたの名前出したら、つけとくねって、言われたから。それで」
「おいっ!!」
知らないうちに、地獄の生活に順応している。しかも、俺のツケだと? 寿司だと? 俺でさえ行ったことのない高級寿司屋に‥‥‥最近、大量に送られてくる請求書はこいつの仕業だったのか!
しかし、前に言ったはずだ。
「おい! お前に前に言ったよな! 亡者は飯も食わないし、睡眠も取らないと」
「そうだっけ?」
「‥‥‥」
「そんなこと言った?」
「‥‥‥言った」
「あそう? そんな前の話、覚えてないし 」
「‥‥‥」
「ていうか、今日なにも食べてないよね。腹減んない? いっぱい出てスッキリしたし、何か食べ行かない?」
こいつは、馬鹿なのか?
いや、たぶん馬鹿なんだろう。話を全く聞いていない。
今、自分の身に起こっている事が分かっているのだろうか。
鬼だと言われたのに、何のリアクションもない。何も感じてないのか?
それに、たまにスマホを操作して出す、魔術のようなもの。あれは一体何なのだ?
「お前は、魔術使いなのか?」新羅が聞くと、アイは「はあ?」と訝しげに言った。
「魔術使いって‥‥‥」
「いや、たまにスマホを操作して出す、魔術のような。あれはなんだ?」
「いや、ハリー○ッターかよ! 映画の観すぎじゃない?」
「あんな事が、人間界では当たり前にできるのか?」
「できる訳ないじゃん」
「では、あれは何だ?」
「知らない」
「知らない?」
「うん」
「‥‥‥」
「てか、どうでも良くない? どうせ死んでんだし。地獄っしょ?ここ。それより、なに食べいく?」
‥‥‥何か、こいつの事を色々と考えるのが馬鹿らしくなってきた。
しかしどういう形であれ「鬼」という承認は霊鬼様から頂いた。
これからは獄卒として、みっちり働いてもらう。
そして、こいつが今まで食い散らかしてきた分は、きっちり回収させてもらおう。
・・・
次の日、新羅に連れられアイが向かったのは、八熱地獄の第四層目、叫喚地獄の普声処(ふしょうしょ)という場所。
そこでしばらくの間、獄卒の研修を行い業務を覚えるのだ。
獄卒の仕事とは、主に亡者へ呵責を与える事。ようは生前の罪を償わせる為の「拷問」を行うことなのだが、それ以外にも器具や機器のメンテナンス、無数にいる亡者たちや、獄卒以外の鬼達の管理や配置、誘導など、業務は多岐に渡る。
八層に連なる八熱地獄は、上から、等活・黒縄・衆合・叫喚・大叫喚・焦熱・大焦熱・阿鼻地獄 と続き、下層へ行けば行くほど服役の長さや、拷問の重さ、種類も増える。
獄卒の地位もそれに伴い、下層へ行くほど高くなる。
拷問により死んだり、肉体が破壊された亡者たちは、各層に定期的に送られる「風」により、また元の状態に戻る。
食事や睡眠を取らずフルタイムで拷問され続ける亡者たちに対し、獄卒たちは交代制で業務を行う。その仕事は大変ヘビーなもので、休みを取ることもままならない。
それに加え、近年の急激な亡者の増加に伴い、過労死する鬼が急増していた。
その多くが青鬼や黄鬼、黒鬼などの労働者階級の鬼だった。
鬼の中でも少数の赤鬼は、生まれながらにして経済的にも政治的にも社会的にも優遇されており、鬼種間には絶対的な優劣の差異があった。
普声処の獄卒長は"ラキ"という太った赤鬼で、新羅の直属の上司だった。
ラキは、悪趣味な虎皮の敷物や鹿の剥製などが飾られた、獄卒長専用の大きな部屋の中でソファにふんぞり返り、漫画を読んでいた。
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