第三話 『Your Eyes Only』

 大鬼はギャーギャー泣き叫ぶアイの首根っこを掴み、男性エリアを抜け、更にその奥の林に向かった。

  

 大鬼はその木の下に着くと、アイを乱暴に放り投げた。


 そこは女性専用のエリアだった。

 アイと同じようなギャルのような服を着た若い女やホステス風の女、高そうな毛皮を羽織った老婆、スケスケの下着しか着けていない女もいた。

 それぞれのキツい香水の匂いが入り混じりって、辺り一帯はどんよりした空気が漂っている。


「レディース、エーン、ジェントルメー‥‥‥は、いないか」

 さっきと同じ声のアナウンスが流れ出した。


 そして、また先程と同じコールアンドレスポンスが繰り返され、辺りの女性亡者たちが

「イエエェェェェェーーーイ!!」と歓声を上げた。

 ネグリジェを着た熟女はピョンピョン跳ね飛び、ホステスも風俗嬢も、さっきまで沈鬱な表情を浮かべていた貞子のような女も、手首の傷をさらけ出して拳を上げている。


 その様子を、アイは白けた顔で見ていた。

 どうせズタズタに切り裂かれるのに、と。 


 わざわざ殺されに行くなんて、馬鹿だ。

 一時(いっとき)の欲を満たすだけの為に、大事なものを捨ててしまう。

 人間はなんて愚かな生物なのだろう‥‥‥などと哲学的な事を考えはじめ、首をふって溜息を吐いた。

 

 しかし木のテッペンに現れた、ゲストの顔にライトが当たった瞬間、アイの息が止まった。


「うそでしょ?」


 そこに現れたのは、アイがずっと追いかけて続けていた韓流アイドルグループ「BTK」のリーダー、ユア・アイズ・オンリーだった。

 ユア・アイズ・オンリーは長い髪をなびかせ、ブリーフ一枚で引き締まった身体を晒し出していた。スポットライトに包まれ、アゴをさすりながら亡者たちを見下ろしている。


「‥‥‥ユアさま」

 アイは呟いた。

 

 ユア・アイズ・オンリーの割れた腹筋、あのたくましい腕に抱きしめられたい。さわりたい。チューしたい。エッチしたい。

 先程までの理性はどこへやら、アイの頭の中はユア・アイズ・オンリーでいっぱいになった。

 

「ユアさま〜〜〜〜っ!!」


 アイはスタートの合図が出る前に飛び出した。ピンクのマニュキアが塗られた鋭利な爪を樹木に突き刺し「ユアさま〜〜〜〜っ!!」と黄色い声、というか地鳴りのような叫声を張り上げながら猛烈な勢いで登っていく。

 そして全員が葉々の中に収まると、先程と同じようにキンッと金属音が鳴り、亡者たちの血の雨が地面に降り注いだ。


 生き残り組の先頭はアイだった。

「ユアさまっ!!」

 アイの手がユア・アイズ・オンリーの足首に触れそうになった瞬間、やはり先程と同じように消えた。下を向くと、地面に瞬間移動していたユア・アイズ・オンリーが、上を向きウインクしている。

 アイは躊躇なく、ギラギラ光る刃の群生の中に飛び込んだ。

 生き残った亡者たちの断末魔の中から「ユアさま〜〜っ!!」と、アイの声が響く。そしてまた、地面までたどり着いた瞬間、ユア・アイズ・オンリーは木の上に移り、投げキッスを送った。



 それが繰り返され、そのうちアイ以外の亡者は全滅した。


「なかなか、やるじゃないか」

 と、ニヤニヤした顔で見ていたスーツの鬼の表情が変わり始めたのは、アイとユア・アイズ・オンリーだけになった追いかけっこが、何往復かしたあたりだった。


 なぜか、いつまで経っても終わらない。

 そして刃物の葉々の中に何度も出入りしているのにも関わらず、アイは全くの無傷だった。しかも昇り降りのスピードも、どんどん上がっているようだった。


 ユア・アイズ・オンリーの表情にも焦りの色が出始めた。

「ユアさま〜〜〜〜っ!!」と叫ぶアイの声にたじろぎ、逃げるように瞬間移動を繰り返す。

 そして、木のテッペンからスーツの鬼に視線を送った。

(なんだよ、こいつ)と怯えた表情でサインを出している。 

「ユアさま〜〜〜〜っ!!」

「ヒッ!」

「ユアさま〜〜〜〜っ!!」

 うわっ! また来た!

「ユアさま〜〜〜っ!」

 ヤバいヤバい!

「ユアさま〜〜! ハァ、ハァ」

 あれ?

「ユア、さま‥‥‥ゼェゼェ」

 なんかスピードが落ちてきた。

「‥‥‥ゼェ、ゼェ‥‥‥」

 

 アイのスタミナが切れた。地面で足を止めたアイは肩で息をして、ゼェゼェと苦しそうに呼吸をしている。

 そして、木の上にいたユア・アイズ・オンリーを睨み、

「てめぇ」と呟いた。

 歓喜の表情は消え失せ、いつまでもさわれないユア・アイズ・オンリーに対し、怒りの感情が頭をもたげた。

「ハァハァ‥‥‥ユア。てめぇ、コラ」

 呼び捨て。てめぇ、呼ばわり。ケンカごし。

 もはや、ファンでもなんでもない。

 ユア・アイズ・オンリーは木のテッペンで固まったまま、ガタガタ震えている。



 その時だった。


 アイのポケットに入っていたスマホが突然バイブを鳴らした。

 アイは無意識にそれを取り出し画面に触れた。グループラインからのメッセージが通知されている。

 そんなに前ではないのに、懐かしい感じがした。

 ヒナ、マッティ、ミユミユ、委員長。

 みんなの顔が浮かんだ。

 

 アイは顔認証で、スマホをつけ、ラインを開いた。

 しかし、そこに書かれていたメッセージは、その誰からのものではなかった。


 『能力発動』と書かれている。


「なにこれ?」


 また、メッセージが追加された。


 Lv1.「カメラモード」


 そして、スマホから強い光が放出された。画面からではなく、スマホ本体から。

 ビリビリとシビれるような電気がアイの体に伝わっていく。


 スマホが勝手にカメラモードに変わった。

 アイは、スマホ上部に付いていたレンズを、木の上にいたユア・アイズ・オンリーに向けた。

 画面に、ユア・アイズ・オンリーの姿が映し出された。

 無意識に、人差し指と中指を当て、下に向け擦る。


   『スワイプ』


 その直後


「えっ!?」

 アイとユア・アイズ・オンリーは同時に声を上げた。


 さっきまで木の上にいたユア・アイズ・オンリーが、アイの目の前に立っている。


 ユア・アイズ・オンリーは、突然近くに現れたアイに背を向け、咄嗟に逃げだそうとした。


 しかし、動けない。

 全く動けなかった。


 振り向くと、アイが、ユア・アイズ・オンリーにレンズを向けたまま、画面を指で押さえ込んでいる。


   『タップ』


 画面に縛りつけられたユア・アイズ・オンリーはガタガタ震え、アイを見た。

 

「ユアさま」

 また、様付けになった。

「やっと、会えたね♡」

 しおらしい声でアイは言ったが、ユア・アイズ・オンリーには恐怖しかなかった。

 た、た、助けてくれ!

 スーツの鬼に視線を送るが、鬼はただ呆然とその様子を見ているだけだった。


 そして、アイはユア・アイズ・オンリーに飛び付いた。というか覆いかぶさった。ユア・アイズ・オンリーよりも背の高いアイは、彼を抱え込むような形で、体に抱きつき、ギリギリと体幹部を締め付ける。

「ユアさま。ユアさま〜♡」と、甘えた声で囁きながら。


 そしてしばらくすると、ユア・アイズ・オンリーの両腕は脱力し、ブラリと垂れ下がった。

 ユア・アイズ・オンリーは失神していた。

「ユアさま?」

 異変に気付いたアイは、力を弱めユア・アイズ・オンリーの顔を見た。


 そこにいたのは、青い鬼だった。

 ユア・アイズ・オンリーに似ていなくもないが、紛れもない鬼だった。

 化けていたのだ。

 縛りを解かれた青鬼は、そのままアイの足元にドサッと崩れ落ちた。泡を吹き、失禁している。


 アイは愕然とした表情でその場に立ちすくみ、スーツの鬼を見た。

「なにこれ? マジ最悪なんだけど」


「き、貴様は一体、何ものだ?」


 スーツの鬼は、化け物を見るような顔でアイを見ていた。

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