第ニ話 『邪淫の罪』

 アイは大鬼に襟首を摘まれ、林の中に連れてこられた。後ろからスーツの鬼も付いて来ている。

 大鬼がゴミを捨てるようにポイと手を離すと、アイはお尻から地面に落ちた。


「痛ってー!」とお尻を押さえ周りを見回すと、辺りには大勢の亡者がいた。

 亡者たちは、影のかかった暗い顔で何も喋らず、ぼんやりと佇んでいる。

 生前の形はとどめたまま、おそらく死ぬ間際に着ていたのであろう、様々な衣服を身につけている。


「ここで貴様は責め苦を受けるのだ」

 スーツの鬼はそう言いながら腕を組むと、少し離れたその場所を目を細めて誇らしげに見やった。

「まあ、しばらく見てろ」



 葉の繁った一本の大木の周りを、たくさんの亡者が取り囲んでいる。

 見たところ、そこには男しかいないようだった。

 

よく見ると、その中に数年前に癌で死んだ映画監督の竹芝三郎がいた。

 何度も国際的な映画賞を取り、日本映画界の重鎮だった竹芝は、主演女優にすぐに手を付ける事で有名で、亡くなる直前までセクハラで訴えられていた。

 竹芝は空間の一点をぼんやりと見るともなく見るような目で、力なく肩を落とし亡者の群れの中で立っていた。


 その他にも、何人もの女性を殺して数年前に死刑になった男や、プレイボーイで有名だった俳優やプロ野球選手、ホストのような格好をした男や、大昔の政治家までいた。

 みんな同じような顔で、それぞれ違う方向を向いて立ちすくんでいる。


 突然、大木の上が光った。スポットライトが当てられたように、その一点だけが輝いている。


「レディース‥‥‥は、いないか。ジェントルメ〜ン! の諸君! 大変、お待たせいたしました!」 

 どこかから、大音量のアナウンスが流れ、亡者たちは一斉に上を向いた。

「さあさあ、次のショータイムが始まりますよ!」

 途端に、真っ黒だった亡者たちの顔が色めき立つのがわかった。笑みを浮かべ、目がキラキラ輝いている。

「さあ、みなさん準備は、オーケー?」

 アナウンスが煽ると

「イェーイ」と、何人かの亡者たちが控えめに叫んだ。

「おやおや、声が小さいぞ! 準備オーケー?」

「イェ〜イ!!」

「まだまだ全然、声が出てないぞ! 亡者のみんな。元気、出していきましょう! 準備、オーケー?」 

「イェェェ〜〜イ!!」

「まだまだいけるっ! さあ、みんなの魂の叫びを聞かせてくれっ! 準備はっ? オーーケーー!?」


「イェェェェェーーーイ!!」


 全ての亡者たちが拳を振り上げ、声を張り上げた。一帯の空気が揺れるほどの歓呼だった。

 あちこちから口笛が鳴り、テンションはマックスに達した。とても亡者とは思えない。

  

 その様子を見ていたアイは、何を見せつけられているのかと思った。

「なんなの、これ?」

「まあ、黙って見てろ」とスーツの鬼はニヤニヤ笑いながら言った。


 ドラムロールが鳴り響き、木の頂上のスポットライトに照らされ人影が浮かび上がった。


「今日のゲストはっ、彼女だ!!」


「イエエェェェェェーーーーイ!!」


 今地上で世間を席巻しているセクシー女優の「壇 密姫(だん みつき)」が現れた。


 壇 密姫は黒い下着姿で、木の天辺から亡者たちを見下ろしている。

 亡者たちの鼻息が荒くなっていく。


 壇 密姫はなめまかしい動きで、後ろを向くと、ブラジャーを外した。

 そして、胸に手を当てがい振り向いた瞬間「レッツ、スタ〜〜〜ト!!」というアナウンスが流れ、亡者たちは、うおおぉぉぉぉ〜〜〜っ!!と、地鳴りのような低い雄叫びを響かせながら、一斉に木をよじ登り始めた。

 爪を立て、足で他の亡者を蹴落とし、もの凄い勢いで登っていく。

 そして、繁る葉々の中に次々と入っていき、全ての亡者の姿が見えなくなったあたりだった。


 突然、キンッという金属音が鳴り、中から断末魔のような声がして、切り刻まれて血まみれになった亡者たちの肉片がボタボタ落ちて来た。

 今まで、ゆるやかに風にそよいでいた全ての葉々が、いきなり鋭い刀に変わったのだ。


「エグっ!」とアイは言った。


 それでも、何人かの亡者は頂点まで辿り着いた。

 そして、一番最初に辿り着いた亡者の手がその豊満なボディに触れそうになった時、壇 密姫はパッと消えた。

 次の瞬間、壇 密姫は地面に移動していた。胸に当てた手をズラそうとしている。

 すると、亡者たちは、何のためらいもなく、また刃の葉の中に潜り込んだ。

 また何人かが肉の塊になり、血の雨と共に地面に落ちた。そして生き残った数名の亡者が地面に着くと、壇 密姫はまた頂点に移動していた。

 それが何度か繰り返されると、亡者たちの数は減り、あるところで歓喜の声がぱったり消えた。

 血の付いた銀色の刃に覆われた樹木が、折り重なった亡者たちの上に、何もなかったように生えている。


「怖っ。ていうか、死んじゃったじゃん。亡者なのに」

 アイがスーツの鬼に言うと、鬼はニヤニヤしながら「まあ、見てろ」とたしなめ、腕時計を見た。

 そして、しばらくすると「もうそろそろだな」とボソリと言い、その直後、どこからか強い風が吹いた。


 その光景を見たアイは目を疑った。

 死んだはずの亡者たちが、また元の形で木の下にいたのだ。

 刀でズタズタに斬られた傷はきれいに修復されており、数分前と同じように正気のない顔で立ちすくんでいる。


「亡者は消滅しない」スーツの鬼は言った。


「これが何度も繰り返される。切り刻まれる肉体の痛みと、手に触れられない精神的な苦痛が、絶え間なく」

「これ、何時間やんの?」

「24時間だ」

「休憩は?」

「ない」

「ご飯は?」

「亡者は飯など食わん」

「寝れないじゃん」

「亡者は寝ない」

「いつまで?」

「106兆5800億年」

「は?」

「106兆5800億年だ」

「‥‥‥兆、って」

「それが、この場での服役期間だ。それが終われば輪廻転生により生まれ変わる事ができる」

「これ、あたしがやるの?」

「そうだ」

「いや、マジ無理だし」


「だめだ! それがお前への罰だ!」


「嘘でしょ? やだ! 絶対やだ!!」


「フッ、だいぶ亡者らしくなってきたな。ほら、もっと苦しめ! ハハハハ! ハッハッハッハッ!」

 そして、スーツの鬼は、ひとしきり笑うと大鬼に指示した。


「こいつを、あそこの木の下に連れてけ!」

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