第48話 予兆

 メルキの街に戻った俺たちは、冒険者ギルドの裏手にある解体場を訪れていた。

 応対したのはクマの獣人。

 ガッシリとした体つきで、俺ほどではないが二メートルを超える長身だ。

 くすんだ色の前掛けはモンスターの血で汚れていた。


「おっ、見ない顔だな。メルキには来たばかりか?」

「数日前にね」

「うむ」


 やり取りはディズに任せ、俺は適当に相槌ちを打てばいいと言われたので、その通りにする。


「俺はウルスだ。ヨロシクな。つーか、ニイチャン、デケえな。鬼人か?」

「いや……人族」

「へえ、人族で俺よりデカイ奴は初めてだ」


 いかつい顔の割に、気安い男だった。


「これが依頼票ね」


 ディズは今朝受注した三枚の依頼票と二人分の冒険者タグをウルスに手渡す。

 ウルスは訝しむ表情を浮かべる。


「Eランク? そうは見えないが?」

「冒険者になったのも数日前だからねっ」

「ふーん……。まあ、いい。それじゃ、じゃあ、獲物を出してくれ」

「これ、お願い」


 空いたスペースにディズが狩った獲物を並べていく。


 ホーンラビット。

 マッドドッグ。

 イエロースネイク。


 この三つはFランク討伐依頼対象だ。

 ここまでは平静だったウルスだったが、続いて取り出したモンスターの山に顔を引きつらせる。


 数十体のDランクモンスターの山。

 そして、極めつけがCランクモンスーであるオーガが10体。

 3メートルを超えるオーガの死体を積み上げると、一番大きな山ができた。


「おいおい…………」

「サスの森って危ないのね。浅いところで依頼をこなしてたら、いきなり襲ってくるんだもん」

「うむ」

「そんなわけねーだろっ!!」


 豪快なツッコミが入るが、ウルスの言う通りだ。

 もし、ディズが言ったことが本当なら、昨日のスタンピードどころの話ではない。

 ウルスは俺たち二人を交互に見つめ、大きな息を漏らす。


「…………まあ、あんまり派手なことするなよ」


 ディズの言葉が嘘とわかりつつも、ウルスは見逃してくれた。


「これだけあると、査定に時間がかかる。明日の朝に受付に行ってくれ」

「うんっ。ヨロシクねっ!」

「うむ」


 ディズは笑顔で応える。

 「はあ、残業だ……」とつぶやくウルスを後に、俺たちは解体場を離れた――。


   ◇◆◇◆◇◆◇


 ――翌朝。


 いつも通り早起きをした俺は、コーヒーを飲みながら新聞に目を通す。

 ためになる記事をいくつか読んでいき、地域ニュースにたどり着く。

 大きな見出しが目を引いた。


 ――メルキ東のエストの森でスタンピード消失!?


 先日の件は、俺が思っていたより大事らしく、記事では大げさに騒ぎ立てられていた。

 なんでも、前代未聞の現象らしく、王都から専門家が調査のために派遣されるそうだ。


 ……うん。絶対に俺がやったとバレるわけにはいかなくなった。


 そして、その次の記事が目に止まった。

 サラクンのニュースに比べたら小さな記事だったが、俺にとってはこっちも負けず劣らず気になるニュースだ。


 ――サラクン北のウルドの森からモンスター現る。


 俺は目を皿にして記事を読む。

 記事によると、ここ数日、ウルドの森から街道にモンスターが現れることが何度かあったそうだ。


 スタンピード消失のように史上初というほどではないが、ウルドの森からモンスターが外に出るのは数十年ぶり。

 ニュースになるには十分な話題だ。


 ただ、レアイベントの割に、記事の扱いは小さかった。

 その理由は、出現したのが弱い獣型モンスターばかりで、簡単に退治でき、被害がほとんどなかったからだ。


 普通の人なら、「ふーん、まあ、そんなこともあるかな。危険じゃないなら気にすることもないだろ」とあまり関心を持たないだろう。


 だが、俺は違った。


 十五年間北門で門番をやっていた。

 毎日、ウルドの森を観察していた。


 その俺には、このことの異常性がよくわかる。


 ここ数年だろうか。

 森の外に出ようとするモンスターがちらほら現れ始めた。

 俺は、それらのモンスターを事前に倒した。

 【すべてを穿つオムニス・カウウス】によって。


 もちろん、報告して対策を練るように上申した。

 だが、上官のゲララは鼻で笑い、食い下がる俺を「しつこいッ」と殴りつけただけだった。


 そして、本来なら、定期的に騎士が調査するはずなのだが、「どうせなにも起こらない」とサボっていた。

 だから、誰もウルドの森で起こっていることを把握していない。


 俺がサラクンを離れて、一週間ちょっと。

 そろそろ、モンスターが森から出てきてもおかしくない。


 そのことは俺も予測していた。

 だが、信じられない――。


 今まで森から出ようとしていたのは、ゴブリンやオークなどの亜人型モンスターだ。

 ヤツらは他のモンスターに比べて行動範囲が広い。

 普段は、森の奥にいるのだが、たまに周辺部にたどり着き、そのまま森を出ようとするヤツらがいるのだ。

 俺は被害が出ないように、ソイツらを退治してきた。


 だから、見出しを見た時点で、現れたのは亜人型モンスターだろうと思った。


 しかし、現れたのは獣型モンスター。

 森の外縁部には弱い獣型モンスターが生息するが、ヤツらは縄張り意識が強い。

 自分たちの狭い縄張りからは決して出ようとしないのだ。


 獣型モンスターが縄張りを離れて、街道に出るということは…………。


 考えて込んでいると「おはよー」とディズが起きてきた。

 俺は返事をして、思考を止める。


 ――まあ、俺より優秀な魔道具が守ってくれるから、大丈夫だろう。


 その他大勢と同じく、俺もこの事件を楽観視していた――。





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 次回――『サラクン1:異変』


 サラクンの街サイドの話です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る