第18話 冒険者登録

 最初に購入したのはマジック・バッグという名の魔道具を2つ。

 いっぱい物が入って、しかも、重くないという便利アイテムだ。

 とくに、槍をしまえるのがありがたかった。


 門番時代は石突いしづきを地につけられるので気にならなかったが、持ち運ぶとなるとけっこう大変なのだ。

 持ち続けていると腕がダルくなるので、左右交互に持ち替えなきゃいけない。

 それに、狭い屋内ではジャマなことこの上ない。

 不動産屋でも振り向いた際に、高そうな花瓶を割っちゃいそうになってヒヤヒヤした。


 だが、マジック・バッグのおかげで、そんな苦労ともおさらばだ。

 俺の蓄えではとても買えない高価なものだが、伯爵様資金のおかげで、余裕で二人分購入できた。


「ずっと欲しかったんだよね〜。人助けはするものね」


 とディズは嬉しそう。

 クビになった原因なので、魔道具には恨めしい気持ちがあったが、ディズの笑顔を見ていると、その気持ちも薄れる。


 その後、道具屋を何軒かハシゴしたが、もちろん、ここでも俺はまったくの役立たず。

 なにが必要なのかも、相場がどれくらいなのかも、知らないのだ。


 対するディズは手慣れた様子で、テキパキと必要なものを買い揃えていく。

 どんどんとマジック・バッグに放り込まれていく道具類。

 だけど、重さは少しも感じない。

 ホント、凄いな。


 結局、買い物は午前中いっぱいかかってしまい、近くの店で昼食をとることになった。


 食事も終わり――。


「じゃあ、ギルドへ向かいましょう」


 冒険者ギルドにはすぐにたどり着いた。

 堅牢な石造りの3階建て。

 周囲を威圧するような建物だ。


 少し怖気づいた俺の足が、ピタリと止まった。

 やばい、ドキドキしてきた。


 そこで、買ったばかりのマジック・バッグから鉄兜を取り出して被る。

 門番時代から使っている年季の入った鉄兜だ。

 面頬めんぼおを下ろすとき、少し錆びついた蝶番が軋んだ。


 これで、露出しているのは目だけ。

 視界は狭く暑苦しいが、他人の目線を感じづらくなる。

 これなら、なんとか平気かな。


 息を吐くと、ディズに「早く行こっ」と手を引かれた。


 ギルドで冒険者登録をするときには、必ずといっていいほど、イベントが発生する。

 これもテンプレだ。


 チンピラ崩れな冒険者に絡まれたり。

 一見強面こわもてだけど、実は親切な先輩冒険者だったり。

 受付嬢が主人公のチートな能力に驚いて大声を上げ、周囲に知れ渡ったり。


 どうか、良いテンプレを引けますように――祈る気持ちで、ギルド内に足を踏み入れた。


 むわっとする熱気と喧騒。

 ギルドの一階にあるのはカウンターと酒場。

 熱気と喧騒の原因は酒場に集まった冒険者たちだった。

 昼間から50人近い人間が酒を飲みながら騒いでいる。

 とても行儀がいいとは言えない飲み方だ。


 慣れていない俺は戸惑いを覚えたが、またもや、ディズに手を引かれ、受付カウンターへ向かう。

 ディズは場慣れしているようだ。頼りになる。


「いらっしゃいませ、冒険者ギルド、メルキ支部へ。受付担当のモカと申します。本日はどういったご用件でしょうか」


 モカさんは二十歳すぎくらいの綺麗な女性だった。

 頭でピコピコ揺れる猫耳が可愛かった。

 猫人族の血は薄く、かなり人族に近い。

 その特徴は猫耳くらいだ。


「冒険者登録お願い。私とこっちのロイル。二人ね。それとパーティー登録も」

「かしこまりました――」


 モカさんは説明しながら、手続きを進めていく。

 冒険者についての説明を受けるが、ランクやら、クエストやら、ギルド貢献度やら、情報量が多すぎて、途中からついていけなくなった。

 ディズはしっかりと理解しているようなので、わからない事は後で彼女に聞けばいいだろう。


「パーティー名はどうしますか?」

「『アルテラ・ヴィタ』よ』

「承知しました――」


 昨晩、二人で考えた名前だ。

 俺もディズもクビになった身だ。

 新しく人生をやり直すという意味を込めて、古代語の『アルテラ・ヴィタ』という名に決めたのだ。


「――では、こちらがお二人の冒険者タグになります」


 モカさんは首から下げるネックレスのような物を渡してくれた。

 金属のチェーンに金属プレートのタグがついているものだ。


「紛失した場合は、再発行に手数料がかかりますので、くれぐれも失くさないようご注意下さい」


 受け取った冒険者タグを首から下げる。

 これで俺たちも冒険者になったわけだ。

 死ぬまで一生門番だと思っていたのに、気がついたら別の道を歩き出してるとは、まったく想像していなかったな……。


 不思議な気持ちになりながら、俺とディズはカウンターを離れる。


 ――さあ、いよいよダンジョンだッ!


 浮かれていた俺は、すっかり忘れていた。

 なんのイベントもなしに、冒険者登録が終わるはずがないってことを――。





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 次回――『冒険者の洗礼(上)』

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