第17話 お買い物

 ――拠点を手に入れた翌日。


 昨日は部屋を掃除したり、必要品を買い揃えたりで日が暮れてしまった。

 その後も、「新居お祝いパーティー」とディズが言い出し、夜遅くまで二人で宴会することになった。


 そのとき俺はディズに尋ねてみた。


 ――伯爵から大金をもらったんだから、わざわざいわくつき物件に住む必要はないのでは?


 こんなに流暢には言えなかったが、それでもディズはちゃんと理解してくれた。


「冒険者って、意外と出費がかさむんだよね。かといって、必要なお金をケチったら痛い目に遭うからね」


 どこか遠い目をしたディズの言葉は実感がこもっていた。

 過去になにかあったんだろうか……。


「だから、締めるところは締めて、必要なお金は出し惜しみしない。それが大事なのよっ」


 なるほど。

 たしかに、この食事もお酒も、それほどお金をかけていない。


 元聖女ということで、浮世離れした生活を送っていたのかと思ったが、俺よりもよっぽど地に足がついている。

 コミュ力といい、豊富な知識といい、ディズは本当に頼りになる。

 俺も早く頼ってもらえるようにならないとな……。


 そんなこんなで、ディズにいろいろ教わったり、身の上話をしたりで楽しい時間を過ごすことができた。


 二晩続けて誰かと一緒に飲むなんてこと、俺の人生で初めての経験だ。

 誰かと飲むお酒は一人で飲む場合の百倍美味しいということを俺は学んだ。

 そのせいで、起きたとき少しお酒が残っていたが、魔力を循環させて酒精を払ったので、今は快調だ。


 ちなみに――。


 入浴中のディズが、風呂場に現れた虫に驚いて全裸のままで飛び出してきたり――。


 寝ぼけたディズが部屋を間違えて、俺のベッドに潜りこんだり――。


 なかなか起きてこないディズを起こしに行って、はだけた胸元が「おはようございます!」したり――。


 ――というラッキースケベは一切なかった。


 おかしい?

 恋愛小話ラブコメの神様はちゃんと仕事をしてるんだろうか?

 やはり俺の青……これ以上言ったら怒られそうだからヤメておこう。


 だが、俺はそれくらいでは動じない。

 物語には二種類のヒロインが存在する。


 ひとつ目は、なぜか出会った瞬間から主人公への好感度MAXなタイプ。いわゆるチョロインだ。

 もうひとつは、旅を続け、困難を乗り越え、少しずつ主人公に惚れていくタイプ。

 なので、俺は焦ったりはしない。


 恋愛小話ラブコメの神様がサボっているんじゃない。

 ディズが後者のタイプなだけだ。

 俺のどこに惚れる要素があるのか、自分でも疑問だが、そう信じこむことにする。


 そんなこんなでイベントは起こらなかったけど、ひとつ屋根の下でカワイイ女の子と二人きり。

 それだけで、俺はドキドキしたのだが、ディズは気にしていないのだろうか?


 デカくてムサいオッサンと一緒。

 部屋はたくさんあって、プライベートスペースは確保できるとはいえ、一緒に住んでいたら事故ラッキースケベも起きかねない。

 それにもし俺がよこしまな気持ちをいだいたら……。


 いや、そんなことはしないよっ!

 絶対にしないってば!


 しないけど、ディズにとっては懸念材料のひとつなはず。

 それでも、彼女は俺と一緒に暮らすという選択肢を選んだんだ。


 これは、俺に好意を持っているに違いない――。


 ――ではなくて、俺を信用してくれているんだろう。


 勘違いはしない。

 信用してくれているだけで十分だ。


 ――この信用を裏切るわけにはいかない。


 朝起きて「おはよう」と笑顔を向けてくれる相手がいる。

 それだけで、幸せすぎて死にそうだ。


 ともあれ、朝食を終えた俺とディズは家を出た。


「さて、今日の最初の目的地は――」

「ギルド?」


 早くギルドで冒険者登録を済ませて、ダンジョンへ潜りたい。

 昨日、おあずけを食ったから、今日こそはとワクワクしているのだ。

 一刻も早くダンジョンに潜りたい。


「まずは、買い物ね」

「買い物?」

「ええ、ダンジョンに潜るには、いろいろと必要なのよ。それに、こんな姿だしね」


 ディズが着ているのは、伯爵から頂いた立派な服だが、防具としての性能は皆無。

 かといって、以前のボロボロ聖衣を着るわけにも行かない。


 確かに、ディズの装備を整える必要があるし、他にも色々な道具が必要なんだろう。

 俺はまったく知識がないので、ディズに任せるしかないな。

 とはいえ、やっぱり、残念なものは残念だ……。


「そんなしょぼくれた顔しないでよ」

「顔……でてた?」

「ええ、思いっきり出てたわよ」

「そっ…………そう」


 どうやら、俺は顔に出やすいようだ。

 もしかして、門番時代も一人でニヤニヤしてたのとか、周りにはバレバレだったのか?

 恥ずかしい……。


「あはは。ロイルってホント面白いわね」

「…………ぅぅ」

「でも、安心して、買い物と冒険者登録くらいなら午前中に終わるわよ。午後から軽くダンジョンに潜ってみよ?」

「ほん、と……?」

「ええ、だから、さっさと済ましちゃいましょう」

「うっ、うん!」


 武器屋や道具屋など、冒険者向けの店々は、冒険者ギルド近くの一角に固まっていた。


「まずは私の武器と防具ね。ロイルはどうする?」

「いら……ない」

「おっけー」


 伯爵様から頂いた大金があるので、お金を気にせず贅沢に装備を整えられる。

 だが、俺には使い慣れた鎧があるし、どんな良い武器を持っても使いこなせない。

 だから、新しい装備は不要だ。

 その分、ディズの装備にお金をかけたい。


「――よし、こんなところねっ」


 ディズが購入したのは軽装の革鎧と武骨なガントレットだ。

 見た目はシンプルだが、高級な素材を用いた一級品で、伯爵資金の半分を費やすことになった。


 最初は遠慮してグレードの低い装備を選ぼうとしていたが、


「遠慮しないで一番良い物を買って欲しい。ディズが強くなるのは、俺にとっても嬉しいことだから」


 的なことを噛み噛みで伝えたら、


「また、借りが増えちゃったねっ」


 と微笑みながら、俺の提案を受け入れてくれたのだ。


 装備が整った後、俺たちはダンジョン探索に必要な物を取り扱っている道具屋に向かった。





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 次回――『冒険者登録』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る