<断罪> 6

俺は一度教室へ戻って

荷物を取ってから靴箱へ向かった。


俺は自分自身を納得させるため

「正義」という言葉を免罪符にあの男を罰した。

しかし、

本当はそうではないことを知っていた。


『お前は少女と一線を越えないよう自制した。

 にもかかわらず、

 あの男は少女達を己の欲望のままに犯した。

 それが羨ましく妬ましかったのだろう』


そう。

俺は嫉妬というこの世で最も愚かで醜い感情で

あの男を罰したのだ。

「正義」という言葉は

自分の行為を正当化するための

言い訳に過ぎなかった。

どれほど崇高な理念を掲げようとも、

実力行使に及んだ時点でそれは「正義」ではない。


『だが、それの何が悪い』


薄暗い廊下を一人で歩いていると

心が少しずつ闇に浸食されていく気がした。


靴箱の前で俺は足を止めた。

玄関に立つ少女の小さなシルエットが見えた。

俺の気配に気付いたのか少女が振り返った。

「茜・・」

俺の顔を見て茜は

ホッとしたような表情を浮かべた。

「あっくんが心配だったから」

そう言って茜は微笑んだ。



俺達は並んで校舎を出た。

ボス猿の死体を発見したあの日と同じだった。

あの日の空は

ボス猿の血によって染まった花壇の花と同じ

マゼンダ色だった。

今は真っ黒な空が頭上に広がっていた。


「あっ、雪!」


茜の声で俺は空を見上げた。

小さな結晶がパラパラと顔に当たった。

「わぁ、冷たいっ」

茜は両手でお椀を作り落ちてくる雪を集めた。

「積もるかしら?」

「ああ、きっと。

 来週の終業式の日は皆で雪合戦ができるかもな」

「そうなったら楽しいね」

「ああ」

茜は何も聞いてこない。

たとえ聞かれたとしても

俺は本当のことを話すつもりはなかった。


雪の粒が少しずつ大きくなってきた。

茜は先ほどと変わって

両手を頭にのせて雪を防いでいた。


「・・あれ?今、どこかで声がしなかった?」

茜がキョロキョロと首を振って周りを見た。

俺は茜の頭上でそっと傘を広げた。

「あっくん、傘を持ってきたの?」

「雪が降るような気がしてたんだ」

「すごい!超能力者みたい」

そう言って茜は笑った。


「そういえばあっくん。

 朝、持ってたゴミ袋には何が入ってたの?」

「あの中にはもう着れなくなった体操着が

 沢山入ってたんだ」

茜はキョトンとした顔で俺を見た。

「少し早いクリスマスプレゼントさ」

この程度なら手品の種明かしにはならないだろう。

「ふーん。変なプレゼントね。

 そんな物を貰って喜ぶ人なんているのかしら」

茜は不思議そうに首を傾げた。


「茜。雪が強くなってきたぞ。急いで帰ろう」

「うん!」

俺のクリスマスプレゼントは

毛布の代わりにはならないだろう。

それでも。

大好きな少女達の温もりは感じることはできる。

その中には葉山の物もある。


『甘美な絶望に包まれて凍えて死ね』

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