<断罪> 4

「お前の『罪』は

 幼い子供と関係をもったことだけじゃない。

 それよりも彼女達の意志に反して

 無理矢理関係をもったことにある。

 お前は小児性愛者であり強姦魔。

 そして身勝手な殺人鬼でもある」

「はっはっは。

 何を言い出すかと思えば。

 弱者が淘汰されるのは自然界では当然のこと。

 その証拠に、

 戦場では勝者の特権とばかりに

 性暴力は行使されてきた。

 法や秩序がなければ人間など所詮は動物。

 君の心の奥底にも

 そんな動物の本能が眠っているだろう?」

男の言葉に俺の心臓がどくんと大きく跳ねた。

「君は考えたことはないか?

 好きな女の子を無理矢理裸にして、

 嫌がる彼女の全身を舐めまわし、

 泣け叫ぶ彼女の中に押し入っていく。

 そして彼女の奥深くに欲望を吐き出すことを」

男は語り終えると舌なめずりをした。


「・・なるほど。

 俺は自分が異常だと自覚しているだけ

 マシなようだ」

自然と笑みがこぼれた。

「何がおかしいんだい?」

男は不思議そうに俺を見た。

「大した事じゃない。

 『無知の知』とはよく言ったなと

 感心しただけだ。

 俺達の場合は

 『異常の知』とでも言った方がいいんだろうが。

 まあ、どちらにせよこの国は法治国家で

 お前はその法を破った」

「禁忌は破るからこそ甘美なのだよ」

「ならば、

 その後の『罰』は当然覚悟してるんだろうな?

 法を破るということはそういうことだ」

俺の言葉に男は大袈裟に声を出して笑った。

その笑い声を俺はたしかに聞いたことがあった。


俺の記憶が答えを見つけ出す前に男が口を開いた。

「私を『つみ』に問えるのなら、ね。

 唯一の目撃者であるリンゴちゃんに

 証言をさせるのかね?

 そうなれば彼女もただでは済まないだろうね。

 彼女は大勢の無責任な者達の好奇の目に

 晒されることになる。

 それを彼女が望んでいるとは思えないがね。

 君の正義は一体誰のための正義なのかな?

 君のしようとしていることは

 単なる自己満足ではないのかね」

そう言って男はふたたびオールバックの白髪を

ゆっくりと撫でた。

「たとえ自己満足でも。

 いや自己満足だからこそ。

 お前を見逃すわけにはいかない」

「見逃すも何も、

 君は私を『つみ』に問うことはできない

 と言ってるんだ。

 そもそも。

 君は私のことを知ってるのか?

 私の名前すら知らない君が

 どうやって私を『つみ』に問えるのかな?

 はっはっは」

男の笑い声が空に舞った。


「・・お前は病気だ」

「病気?違うね。

 禁断の果実を食べようとするのは

 逃れられない人間の性だよ。

 そしてそんな果実が

 沢山生っているこの『楽園』では当然、

 その欲望に抗うことはできない。

 それこそが摂理」

俺は一度大きく息を吸った。

「禁断の果実を食べたら

 『楽園』から追放されることは

 知らないようだな」

「はっはっは。

 君は本当に面白い。

 君と話していると

 子供ということを忘れてしまいそうだ。

 ではこうしよう。

 君の勇気と正義に免じて

 塚本茜くんは解放しよう。

 そして君は今日ここで話したことは

 すべて忘れるんだ。

 また変な噂がたつと困るからね。

 君は大切なリンゴちゃんを守ることができる。

 お互いの為にこれは良い

 『けいやく』だと思わないかね?」


次の瞬間、俺の頭にある考えがよぎった。

それは突飛な想像だった。

しかし、無視できない妄想だった。


疑惑。


まさか。

この男はさっき言った。


「そんな果実が『沢山』生っているこの楽園」と。

そして今まさに男は言った。

「塚本くん『は』解放しよう」と。


茜に付けたその愛称。

・リンゴ

そして葉山の手紙に書かれていた果実の名前。

・イチジク


以前にも俺は

少女が果物の名前で呼ばれるのを

耳にしたことがある。

それはあの日・・。


ぼんやりとした疑惑が徐々にその姿を現していく。

俺の頭に一人の少女の名前が浮かんでいた。

その名前を口にするのが恐ろしかった。


言霊という概念がある。

俺がその名前を口にすれば

それが現実になるのではないか。

それでも俺は

この妄想を確かめずにはいられなかった。


「・・相馬沙織」


俺の呟きに男はニヤリと口元を歪めた。

「ほう、知っていたのか。

 そう、さくらんぼも。

 リンゴやイチジクに引けをとらない

 私の大好きな果実の一つだよ」


目の奥が熱くなり、

視界が真っ赤に染まった。

俺の中で何かが弾けた。

次の瞬間。

俺は彫刻刀を握り締めて

男へ向かって走り出していた。

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