<断罪> 3

「どうして君がここにいるのかな?」

男が口を開いた。

どこかで聞いた声だったが、

それがどこで

そして誰の声だったのか思い出せなかった。


「残念だが、待ち人は来ないぞ」

俺は一旦、考えることをやめた。

「そういうことですか。

 どうやら彼女には『ばつ』が必要なようだ」

男は大きく息を吐いた。

男の雰囲気が変わったのがわかった。

先ほど見せた僅かな動揺は消えていた。

「ところで君はどこまで知ってるのかな?

 それによっては君にも

 『ばつ』が必要になるかもしれないね」

俺は『罰』という言葉に身構えた。


「お前が葉山を殺したこと。

 そして猿田を殺したこと。

 今現在、茜を苦しめていることも」

俺はゆっくりとポケットに手を入れて

中の彫刻刀を確認した。

男がどういう行動に出るかわからない。

正面から男とやり合った場合、

子供の俺は若干不利だ。

これはもしもの場合を考えて持ってきた

言わばお守りだった。


「なるほど。

 猿田先生の言っていた情報提供者とは

 やはり君だったのか。

 あの時、

 屋上に現れたのは偶然ではなかったようだね。

 はっはっは」

男は口を大きく開けて笑った。

「それで知ってることはそれだけかい?」

「『罰』が必要なのはお前だ

 ということも知ってる」

「ふん。まあいいでしょう。

 君が何を知っていようと、

 今更どうなるわけでもないからね。

 猿田先生が教え子と不適切な関係をもち、

 その子を殺した。

 そして自らその命を絶った。

 その事実は変わらない」

男の態度には余裕が見られた。

子供一人には何もできないと

高を括っているのだろう。


「自分は罰せられないという自信があるんだな」

「君の話はすべて想像だ。

 子供の戯言を一体誰が信じる?

 それとも何か証拠があるのかな?

 私が二人を殺したという証拠が」

そう言って男は溜息を吐いた。

「ある・・と言ったらどうする?」

「はっはっは。

 それは嘘だ。

 そんな証拠があるのなら

 君はすでに警察へ行ってるはずだ。

 証拠がないからこうして私の前に現れた、

 そうだろう?」


「それにしても随分と薄着だな」

とりあえず俺は話題を変えた。

男のペースに飲まれてはいけない。

「今朝の予報では気温が上がる

 と言っていたからね。

 まったく天気予報なんて当てにならないね」

「手ぶらで来たのか?

 いつもの毛布はどうしたんだ?」

「すぐに終わらせるつもりだったからね」

男の口元がニヤリと歪んだ。

「お前にとって

 茜は欲望を満たすための道具に過ぎないわけか。

 いや、茜だけじゃない。

 葉山も同様に扱った。

 少女達の体を弄びそして心を踏みにじった」


「君は頭のいい生徒らしいね。

 畑中先生から聞いているよ。

 何か企んでるだろう?」

男はサングラスに手を当ててから周囲を見回した。

「見たところ仲間はいないようだ。

 君は一人でここに来たのかな?

 だとしたら君の勇気は称賛に値する。

 しかし、それは無謀というものだ。

 君の考えでは私は二人の命を奪った殺人犯。

 今、君はそんな人間と二人きりだ。

 その正義感が命取りにならなければいいが。

 はっはっは」

男は笑った。

その笑い声が俺の警戒心と記憶を同時に刺激した。

俺はポケットの中の彫刻刀を握り締めた。


「最も大事なことを忘れてないか?

 お前は茜の目の前で猿田を殺したんだぞ。

 茜が証言すればお前は終わりだ」

俺の言葉にも男はまったく動揺していなかった。

「子供の証言を警察がどこまで信じるかな?

 それに猿田先生の死は

 すでに自殺として処理されていて

 死体はもうないんだよ。

 今更騒ごうが無駄だよ」

男の口元が緩んだ。

「それよりも君のその勇気と正義感のおかげで、

 私の今学期最後のお楽しみが台無しにされた。

 この『つみ』は非常に重い。

 わかってるのかね?」

「ふざけるな!

 茜はお前の玩具じゃない」

男はオールバックの白髪をゆっくりと手で撫でた。

「可愛い可愛いリンゴちゃんは

 君のために私と『けいやく』したんだよ。

 実に健気じゃないか」

そう言って男は「フッ」と笑った。


「リンゴちゃんだと・・」

「塚本茜くんのことだよ。

 『あかね』という名の彼女に

 相応しい愛称だろう?

 あのくらいの年頃の子はまさに食べ頃だ。

 そして一度味わったら最後、

 その味は忘れることはできない。

 禁断の果実というわけさ」

男はそう言ってペロリと上唇を舐めた。


「救いようのない変態だな」

「世の中様々な性的嗜好を持った人間がいる。

 そんな中で私のような小児性愛者だけが

 白い目で見られ責められるのは

 おかしいと思わないかね?」

「そんな理屈が通ると思ってるのか?」

「人は完成されたモノよりも

 未完成のモノに惹かれる。

 百年以上かかっても完成していない建築物は

 未完成だからこそ人々の注目を集めている。

 両腕のない女神像も腕がないからこそ美しい。

 成熟する前の体に惹かれるのは

 決して異常ではないんだよ」

サングラスの奥の男の目が

真っ直ぐに俺を捉えていた。


顔に当たる風の音がはっきりと聞こえた。

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