<果報> 2

「先生はね。

 猿田先生が自殺したなんて

 どうしても信じられないの。

 見つかった遺書にしても、

 あれは彼が書いたモノじゃない」


突然ナカマイ先生はそんなことを言った。

恋人が自殺をしたというだけでも

その悲しみは筆舌に尽くし難いのに、

その恋人は教え子と関係をもっていた。

教え子といってもまだ子供である。

そして教え子の妊娠がわかると、

非情にもその命を奪った。

そんな事実から目を背けたい

ナカマイ先生の気持ちは理解できる。

しかし。


「猿田先生はね。

 悩みを抱えていた葉山さんの相談に乗ってたの」

ぼんやりと考え事をしていた俺は

ナカマイ先生の言葉に

すぐに反応することができなかった。

そして俺はたった今耳にした言葉を

頭の中で反芻した。


俺は洋が屋上で目撃したという

ボス猿と葉山の様子を思い出した。

洋は葉山が泣いていたと言った。

それを見た洋はボス猿が葉山を泣かせたと思った。

実際、同じような状況に出くわせば

多くの人間がそう考えるに違いない。

しかし。

もしそれを別の角度から見た場合、

全く違った構図が浮かび上がるのではないか。

例えば泣いていた葉山を

ボス猿が励ましていたのだとすれば。

「・・せ、先生、葉山さんは何を悩んでいたの?」


「・・こんなことを君に話していいのかしら」

そこでナカマイ先生は口元に手を当てて

考え込んだ。

俺はそんなナカマイ先生の姿を

ただじっと見つめた。


しばらくすると、

覚悟を決めたのか

ナカマイ先生は頷くと徐に口を開いた。

「君は他の子に比べて賢いから話すけど、

 実は、葉山さんはこの学校の誰かから

 嫌がらせを受けていたようなの」

「い、嫌がらせ・・」

俺は無意識にその単語を繰り返していた。

「ええ。

 猿田先生は

 いち早く葉山さんの変化に気付いたの。

 ある時、

 猿田先生は葉山さんを呼び出して訊ねたの。

 彼女は『困っている』と言ったらしいわ。

 でも何に困っているのか

 具体的なことは一切言わなかったそうなの。

 猿田先生も無理には聞き出そうとせずに、

 しばらく様子を見ることにしたの」

ナカマイ先生の声が

ぼんやりと俺の耳に入ってくる。

「そんな中、

 夏休みになってあんなことが起こった・・」

あんなこと・・。

「猿田先生は無理にでも

 葉山さんの悩みを聞き出しておくんだったと

 自分を責めていたわ」

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