<因果> 9

翌日もナカマイ先生は休んだ。


この日、

昼休みが終わろうとした頃、

急に校門の前が騒がしくなった。

二台のパトカーが止まって

中から数人の制服警官が降りてきた。

翔太と洋は間近で見るパトカーに興奮していた。


午後の授業が始まって教室に現れたのは

一色拓海だった。

「お~い、お前達、

 校長先生は用事ができたから、

 昼からの授業は自習だ!

 いいか~。

 多少の私語は許すけど大声で騒ぐなよ~。

 騒いだら後から

 校長先生のなが~いお説教があるからな」

一色が教室を出る時、

数人の女子生徒が

「またね~。拓ちゃん!」と声をかけた。

一色は振り向きざまに

胸ポケットから櫛を出して髪に当てると、

「お前ら、

 いくつになっても青春はできるんだぞ~!!」

と声を張り上げた。

すぐに子供達が「いぇ~い!」とそれに応えた。

俺は頬杖をついてその様子を眺めていた。

相馬の方へ視線を向けると

彼女は本に目を落としたままだった。



結局、午後からの二時間はすべて自習になり、

帰る時間になっても

校長が教室に顔を出すことはなかった。

代わりに一色が駆け足で教室に現れた。

一色は息を切らして教室に入ってくると、

まず櫛で髪を整えた。

そしてこれといった連絡もなく、

帰りの会はあっという間に終わった。

帰りの挨拶が終わり、

数人の女子生徒が

「さよなら。拓ちゃん!」と手を振った時、

すでに一色の姿は廊下へと消えていた。


俺は教室を出てから

靴箱へ行く前に職員室へ寄り道をした。

職員室の前の廊下では

教師達が集まって何やら話をしていた。

俺が近づくと、

一人の若い女教師が俺の前に立ちふさがった。

ミニのワンピースから覗く艶めかしい太もも。

細いウエストから上に視線を滑らせると

突如現れるたわわに実った胸。

それは体のラインが強調された服のせいで

余計に目立っていた。

そして肩下までの茶髪に

愛らしい大きな目をしたその顔立ちは

肉感的な体とは不釣り合いに幼かった。

ナカマイ先生と年齢は同じくらいと思われたが

女の武器を最大限に活かしたその外見は

対照的だった。


「今は誰も職員室には入れないのよ」

その女教師はそう言って微笑んだ。

「どうして?」

俺は無邪気な子供を装って訊ねた。

「警察の人が来てるのよ。

 中には校長先生と教頭先生、

 それに一色先生しか入れないの」

「ふ~ん。中で何をしてるの?」

「猿田先生の荷物を整理してたらね、

 大変なモノが出てきたのよ」

その言葉に俺の心がざわついた。

「へぇ~、それは何?」

俺は敢えてあまり興味がない風を装った。

「それはね・・」


「紅葉(もみじ)先生。

 子供達に余計なことを

 ペラペラとしゃべらないように」

紅葉と呼ばれたその女教師の後ろから

音楽教師の

池島千代(いけしま ちよ)

が顔を出した。

池島は五、六年生の音楽の授業を担当していた。

小顔にベリーショートの髪が特徴的だった。

くるりとした小さい目、

鼻筋もスッと通っていて唇も小さく、

年齢は五十代半ばと思われたが年の割には綺麗で、

体の線は細かったが妙な色気があった。

規則に異常なほど厳しく、

子供達が少しでも破ろうものなら

ヒステリックに声を荒げた。

そのためか子供達からの人気はイマイチだった。


彼女のその性格について

俺は音楽教師という職業故かと思っていた。

というのも合唱や合奏においては

少しの乱れが全体を歪める。

一人一人が好き勝手に歌ったり、

演奏してしまっては全てが台無しになる。

そのために必要なのが規則でありルールならば、

彼女がそこに拘るのも理解できた。

規則やルールは

それに従う人々のためにあるのではない。

それらの人々を支配する者のために存在する。

それは法を考えれば明らかなことだ。


彼女もこの国の教育による犠牲者の一人なのだ。

規則やルールに厳しい人間は

歯車として扱いやすい。

そしてこの国の教育は

近代を迎えてから

まさにそのような人間を作ることが

目的とされてきた。

支配する側にとって都合のいい人間作り。

組織に必要な人材である。


そして一度成文化された規則やルールは

長期にわたって人々を縛る。

「悪法もまた法なり」

そんな言葉を残した者がいたが、

それは単なる敗北である。

実際にその人物はその法によって命を落とした。

それに成文化されたモノは

時代の流れに敏感に対応できない。


池島千代は俺の方をチラリと見てから

「先生達は忙しいから早く帰りなさい」

と事務的に命じた。

俺は半ば無理矢理に校舎から追い出された。


「遅いよ、あっくん」

「何してたんだよ」

校門の所で待っていた翔太と洋が

不満を口にしたが、

そこには茜の姿はなかった。

「今日はピアノのレッスンはないはずだろ?」

「誘ったんだけどさ。

 茜ちゃん、

 今日は気分が乗らないって言ってたぜ」

翔太の代わりに洋が答えた。



俺達は「Paradise Garden 中之島」へ行った。

屋上で煙草を吹かしている間も、

俺は紅葉と呼ばれた女教師の言葉が

気になっていた。

ボス猿の荷物から見つかったモノとは何だろう。

池島がしゃしゃり出てこなければ

その先が聞けたのだ。

その時、俺は重要なことを思い出した。

俺がボス猿を誘い出した手紙。


『葉山実果がお腹の子の父親に宛てた手紙がある。

 詳しく知りたければ十七時に屋上に来い』


俺は今の今までその存在をすっかり忘れていた。

もしかして。

あの手紙が発見されたのかもしれない。

手紙は第三者の存在を明確に示している。

さらに。

十七時という時刻はボス猿の死んだ時刻と近しい。

俺の頭で黄色信号が点滅した。


それでも。

楽観的に考えるならば、

手紙には日付が明記されていないということだ。

つまり手紙に書かれた時刻が

ボス猿が死んだ当日のモノであるとは

言い切れない。

どちらにせよ

警察は手紙の送り主が誰なのか調べるに違いない。


嫌な予感がした。

そして嫌な予感というものは・・。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る