<因果> 8

「き、君はどう思う?」

帰りの挨拶の後、

真っ先に教室を飛び出していった翔太と洋を

追いかけようと立ち上がった時、

背後からか細い声がした。

振り向くと池田が立っていた。

この男はいつも突然現れる。


「何のことだ?」

「あ、あの噂について・・。

 ほ、本当に猿田先生は自殺したのかな・・。

 は、葉山さんを殺したなんて

 し、信じられないんだ・・」

池田は俯いたまま呟いた。

それは独り言のようで

耳を澄ませていなければ聞き取るのは困難だった。

「何でそんなことを俺に聞くんだ?」

「い、以前。

 き、君が猿田先生や葉山さんのことを

 し、調べてたから・・。

 な、何か知ってるんじゃないかと思って・・」

この空気のような男は

その存在の希薄さを利用して、

普段から他人の話に

聞き耳を立てているのだろうか。

案外、油断ならない奴だと思った。

「何を言ってるのかわからないな。

 噂は所詮噂だろ?

 それにもし噂が本当で

 葉山を殺したのがボス猿なら、

 それを苦に自殺したとしてもおかしくはない。

 あと、俺達が調べていたのは

 夏休みが始まる前のことだ。

 最近のボス猿のことなんて何も知らないさ」

俺の答えに納得していないのは

池田の表情からすぐにわかった。


「さ、猿田先生が亡くなってまだ日が浅いのに、

 な、何でこんな噂が流れたんだろう・・」

それは質問ではなく本当に独り言のようだった。

「何を考えてるんだ?」

俺と同じ疑問を持っている池田の考えに

少しだけ興味が湧いた。

「も、もし本当に葉山さんを殺したのが

 さ、猿田先生だとしても、

 ぼ、僕には猿田先生が自殺をするとは

 お、思えない・・」

そこで池田は言葉を止めるとチラリと俺を見た。

そして俺と目が合うと池田は視線を落とした。

それから徐に口を開いた。

「た、例えば猿田先生が

 だ、誰かに殺されたとしたら・・?」


「校長は事故だと言ってたぞ?」

「じ、事故というのは絶対にあり得ないよ・・」

「どうしてそんなことが言えるんだ?」

俺はもう少しだけ池田の話に付き合うことにした。

「が、学校側が屋上の扉に鍵をかけたことから、

 さ、猿田先生は

 き、きっと屋上から転落したと推測できるよね」

子供にしては鋭い洞察力だった。

「お、屋上にはフェンスがあるんだよ?

 あ、あのフェンスをよじ登って、

 き、危険な場所に行く意味がないよね?」

その点は確かに俺も池田と同意見だった。

しかし。

「だからこそ。

 噂通り自殺と考えるのが自然じゃないのか?」

そう考える方が理にかなっている。

一体、誰がどんな理由でボス猿を殺すというのか。

「そ、それでも・・。

 ぼ、僕はやっぱり猿田先生は

 だ、誰かに殺されたんじゃないかって思う・・」

なぜ池田はそれほどまでに他殺に拘るのか。


「仮にお前の言うように

 ボス猿が誰かに殺されたのだとしたら、

 その犯人は一体誰なんだ?」

「そ、そこまではわからないけど・・」

つまり池田は他殺と考えているようだが、

その犯人に関しては見当がついていない。

俺も噂を聞くまでは他殺と考えていた。

そしてその場合、

犯人となりえるのは

この学校の教師だけだということを知っていた。

しかしそれは放課後、

ボス猿の死の直前まで学校に残っていた

俺だからこそできる推理だった。

池田はそれを知らない。

池田が犯人の見当がつかないというのは

当然のことだ。

それでも。

随分と捻くれたものの見方をする子供だと思った。


「だろ?

 ならやっぱり噂通り自殺なんじゃないか?

 火のない所に煙は立たぬって言うだろ?

 もういいか?」

「う、うん・・」

返事とは裏腹に

池田の表情はまだ何か言いたげだった。

「じゃあな」

俺は半ば強引に話を切り上げて教室を出た。


結局、雨は降らなかった。

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