死後の世界とメメントモリ

グカルチ

第1話 

《人の死を忘れるな》

人々がそう語る理由はいろいろとある。油断をしないように、驕ることのないように、もしくは人の死を悼むために。そうして人々は記憶の中に“死”を同居させる。

死神たちの場合はどうだろう。彼らは命を奪う側だ。


ある発展した国の、町を自由に闊歩する自由な死神がいた。彼は天使を恐れず、神も恐れず、人に見られることも恐れない。そのせいでその町では死神のうわさはまま耳にする。


だが一人にだけその姿を隠して生きていた。素朴なOLで仕事場で普段はあまり人気がないのだが、至福に着替えると見違えたようにおしゃれをして、綺麗な友人もたくさんいる。死神は、彼女に恋をしていたのだった。人間界にあるような理由ではなく、ただ純粋に、彼女の愛するものを愛していたのだ。死神はいつも祈っていた。どうか彼女が我々と同じように“神に魅入られ”地獄のような永遠にとらわれることがないように。


“彼女は死を愛しすぎている”


その理由は死神とは違った。死神が死を愛してしまった理由は、亡くなった親友の後を追って彼が死んだからだ。そして死の国へ行き、死の国の案内人(それらは異国の神だったり、悪魔だったり神だったりしたのだが)に自ら命を絶ったものの宿命を聞かされた。それは“永遠に現世をさまよい続けること”そうして、死神は空虚とともに、この世をさまよい続けている。


彼は一度だけ、禁を破って危うくその死神たる地位を亡くしかけたことがある。地位をなくせば、死霊としてさまようか、逆に天使になってさまようかだ。禁とは

『死神は口をつかってモノを伝えてはならない』

ひとことだけ、たった一言だけの失敗だった。


OLが昼食を食べていた、彼女は胸元のペンダントを見る。それは古い古い学生時代の記憶、自分が二つの顔を持っていることを隠していた彼氏がいた。彼氏はまじめな性格で純朴な彼女にほれていた。彼女は小さな頃から母と二人暮らし、幸いにも秀才だったために勉強や学校で苦労はしなかったし、進学にも苦労はなかった。そこでできた自分を認めてくれる存在、本来は男は得意ではなかった、それはかつて出ていった彼女の父親が酒乱で、母に暴力をふるっていたから。それでも彼は、そんな男や男たちとは一線を画す存在だった、彼女は小さな幸せをその身いっぱいに抱きかかえて生活をつづけた。だが、悲劇は、そんな中にもやってきた。


 彼女のもう一つの顔というのが、あまり真面目とはいえない、しかしきらびやかな、いわゆるギャルやら、少し不良っぽい子とやらの付き合いだった。彼女はそれを何とも思っていなかったし、二つの顔を使いわけることは、昔からよくやっていた。

たとえば父親の前と母親の前、その二つの顔が自分の居場所を常に、心の余裕を常につくっていた。それがあだとなるとは思ってもみなかったのだ。そう、あの時までは。


 二人の両親は二人の関係をみとめていたが、ある不良少女が、事件をおこした、交通事故で運悪くその相手というのが、彼氏のほうの弟だった。大けがではなかったが、足をうち一か月の入院。彼氏の方の家はいわゆる富裕層でとても古くから続くいい家柄だった。だから親のしめつけも厳しく、きまりや人間関係にもうるさかった。その不良少女と彼女が仲良くしている場面を、事件後、弟に見られ、それが彼の両親に話として伝わると、彼の両親は彼女のことをとがめ、そして、彼氏に分かれるようにと強く進めるのだった。それはほとんど、命令に近かった。


 結局彼と彼女は別れることになり、それから半年後だった。高校三年、受験の時期も重なったせいもあったのだろう、あるいはほかに理由があったかもしれない。けれど彼女は、きっと自分のせいだと今でも攻め続けている、彼は、自宅で首をつって亡くなってしまったのだ。


 話は戻る、死神はそんな彼女の記憶をしっていて彼女に興味をもっていたのだが、死神は彼の行動からさらにその思いを強めたのだった。

 

 ある時、その彼女が昼休みが交差点でネコが横断歩道をわたっていくのをみていた。車道は青信号だが車もその様子を見てたちどまり、和やかな光景がながれた。しかしそのあとから、子猫がその猫をおいかけて渡ろうとしている。すぐに彼女は、子猫を抱きかかえて、歩道が青に変わるのをまった。しかし子猫は何のことかわからず、にゃーにゃーとOLの顔と服をひっかき、傷だらけになる彼女。

 (これじゃ、上司にしかられちゃう)

 そう思いつつ、ふと、このままでいいかもしれないという思いがよぎったのだった。青になったら自分はわたり子猫を向こう側の歩道に渡す、そしたら私はそのまま、赤になるのをまって、車道にそのまま……。


 そんなことを考えて、ぼんやりしていると、いつのまにか子猫を抱えて赤信号の中を渡っている自分の姿にきがついた。左を見るとそこへ一大の車が勢いよく迫るところだった。

 (え?)

 『危ない!!!』

 そういって死神が、向かってくる車にむかって叫ぶと、その影と声はたちまち実体化して車はおどろいて急ブレーキを踏みすんでのところで止まった。

 『あぶねえぞ!!』

 運転手が叫ぶ。OLは平謝り。

 『すみません、すみません』

 またもや引き返して、信号が青になるのを待っていると、OLの傍らに黒い影がおりたってこういった。

 『死を忘れるな、キミは二つの顔を持っている、だが自分で死を選べばその二つの顔は最悪の形で現世をさまよい続けることになる、一つは怠惰、人の命を奪う死神、一つは救済、人を助け続ける天使の姿、どちらも永遠にとらわれることになり、生きていようと死を選ぼうと、君は永遠に過去を忘れることなくさまよう、君の選ぶべきは一つだ』

 どこまで聞こえていたのか分からなかったが、OLはそれで我に返ったようだった、ふと手元を見ると、さっきまで暴れていた子猫は静まりかえって、安心したようにOLをみていた。


 それから、死神は死の国で処分をうけた、死の国のむち打ち刑である、それは3か月も続き、その痛みに耐え、解放されたときには死神は晴れ晴れしていた。

 『それで済んでよかった』

 とおもったのだ。というのも、OLを完全に救ってしまえば、《救済者》として天使に変えられる可能性もあった。天使か死神か、それが永遠に現世をさまようものの仕事の二つ。でなければあてどなく、死霊として過去を抱えていきるしかない。


 OLはその件があってからも特段かわることなく自分を苦しめつづけ、時に自傷行為に近いことをつづけた。だがその件があってから、何か決心めいたものもあったのだ。

 《どちらかの顔をすてれば、後悔から解き放たれる》

 思い返せば古い過去。二つの顔をもち、自分の心のありかを隠しつづけてきたことが失敗の原因だった。OLはあるときから化粧道具を少しずつ捨て始めて、美しい友人やら、水商売をしている友人やらと縁を切って、純朴な人生を歩みはじめた。


 死神はそのOLにずっと恋をしている。やがて、彼女が死によって死を忘れるときに、きっと彼女は、いつか別れたあの彼と再会することができるのだろうから。



 


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