足を追いかけて
西桜はるう
足を追いかけて
とある総合病院の外科には、奇妙なうわさがある。
それは、「1台の車椅子が勝手に移動する」というものだった。
もちろんそれはうわさに過ぎず、車椅子が一人でに動きすところも見た者はいない。しかし、うわさは絶えず外科内を駆け巡っていた。
そんなある日、一人の清掃員がオペ室の前に乗り捨ててある1台の車椅子を見つけた。
その時間帯にオペはやっておらず、周りには誰もいない。
不思議に思いながら清掃員は片付けようと、車椅子に手を伸ばす。と、その時、スッと車椅子がバックをした。
驚きと同時にうわさを思い出し手を引っ込めた清掃員は、恐怖からその場にへたり込んでしまった。
しかし、清掃員にさらなる恐怖が襲い掛かる。
「な、なにあれ……」
無人のはずのオペ室の扉がゆっくりと開き、ひたひたと音を立てて歩いてきたのは膝から下の足のみだった。
「あ……あ……」
声にもならない悲鳴をあげる清掃員。
すると、どこからともなくすすり泣くような声が響く。
『待って……私の……足……』
「あぁ!!」
清掃員の目に飛び込んできたのは、乗り捨ててあった車椅子がクルリと向きを変えて、歩いて行った足を追いかけていく光景だった……。
「院長、あのうわさって本当なんですか?」
院長室で院長秘書の女性が訊いた。
「うわさ?あぁ、車椅子が勝手に動くというあれのことか?」
「えぇ、先日なんか車椅子が勝手に動くのと同時に足だけの幽霊を見た清掃員がいたとかで……」
「う……ん、あれはな、先代の院長の娘の幽霊らしいんだよ」
「先代の院長の?」
「あぁ」
タバコをくゆらせながら、院長は窓の外に目をやった。
「なんでも進行性の足の病気かなんかで、若くして両足を切断したらしい。執刀は……本当は規則違反なんだが父親である先代が行った。しかし、な」
「しかし?」
「足は切断できたんが予後が悪く、娘は死亡。当時大学生だった娘には結婚まで約束した恋人がいたらしい。まあ、よくある話だ。今も自分の足を追いもめてさまよっているというらしいんだよ。あの車椅子は娘が入院の間、まだ足があるときに使っていた。その車椅子に乗って、切断された足を追いかけている」
「しかし院長。そんな話を本当に信じているんですか?幽霊だなんて、非科学的なもの……」
「そりゃわたしも最初こそ信じてはいなかったよ。でもな、今も君の後ろにいるんだよ。車椅子に乗って、こっちを見てるその娘がな」
院長秘書の女性は、ゆっくりと後ろを振り返った……。
足を追いかけて 西桜はるう @haruu-n-0905
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