第21話 暗い朝

 男が逃げた後、幹人は見えない背中を眺めながら戦いの中で男が落とした物を拾い上げて、家に帰って眠りについた。

 空を照らす太陽は昇り、月は姿を明るみに隠して朝が来た。光に叩き起こされて寝不足の気怠い身体を無理やり起こし、大きな欠伸をしながら腕を伸ばす。手に持っているものを見上げ、形をようやく知った。木でできたリンゴの形をしたそれは開いた穴から蔓の紐が通されていた。

――もしかして

 悟ってしまった。そう、男の正体は間違いなくリリの父親。確信を持っていた。

 静かに寝息を立てているリリに目を向ける。

――リリ姉……

 母が死んだ原因の盗賊団に父のペンダント。


 関係ない、きっと気のせい、何かの間違い


 幾度繰り返してもそのような幻想では目の前の事実を塗り替えることなどできなくて。

 リリが目を開き、そっと身体を起こした。

「おはよう幹人、今日は早いね」

 目を擦るリリに例のモノを差し出す。

「これってもしかして」

「昨日の夜襲いに来たひとが落としたものでね」

「嘘……」

 リリの目は曇り、息は乱れる。当然のこと、探していた人物が持っているものを敵が持っていたのだから。

「顔は? 見たの? どんな感じだった?」

 幹人は首を横に振る。見ていない、その言葉を無言で訴えていた。

「そう……」

 リリは森の向こう、盗賊団がいるはずの方向に目を向ける。

「ああ、ああ。お父さん……もしかして」

 父が敵かも知れない、そのような状況に陥ってしまったリリの心境はいかなるものであろう。重い、幹人にはそれだけの言葉しか出ない、ほとんど想像がつかない。

 穏やかでない、しかし森は静かで明るくて優しくて、どこまでも人のことを考えない。ふたりにとっての暗い朝は明るい空の下で訪れていた。



  ☆



 ロクに味わうこともできなかった朝ごはん、気の入らない魔法の練習、リリの顔に差した影、張りつめた空気にかき乱された昼ごはん。

 幹人にとっては何もかもが心の底から楽しめず、リリにとってはどうだったのか。

 顔をこわばらせてずっとこの世の底にて煮えたぎっているような粘り気のある鋭い視線でなにかを睨みつけていた。

「リリ姉」

 少しばかり薄暗くなった空の下で幹人はずっとそばにいる魔女にようやく声をかけた。

「リリ姉、大丈夫?」

 リリは顔色を窺う幹人に微笑みを授けて答えた。

「ええ、大丈夫」

 リリは空を見上げた。

「もうそんなに暗いのね、まるで眠ったまま起きていたみたい」

 夕日に照らされない夕方、今のリリの目にはどのように映っているのだろう。

「ねえ、幹人」

 リリの表情は再びこわばっていた。

「今夜、一雨来るかも知れないわ」

 リリの指す空はどこの国のことを言っているのだろう。今目の前に広がる空は、どこから見上げても雨など降りそうにもなかった。

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