第6話 風聞は生まれる
森の中で生きるように風は蠢き、瞬く間に走り抜け、回りながら留まる。
「バッチリ使いこなせていていいと思いました、と言えばいいのかしら。初日とは思えない」
もちろん初日、初めての魔法に不安半分な幹人だったがリリの言葉を受けて才能を感じていた。自分を認めてくれている、その事実ひとつが心をざわめかせて沸き立たせていた。嬉しさに熱を感じつつ、興奮に身を任せてリリの頬に触れた。
「そんなに優しく触ってくれるなんて嬉しいわ。いやらしさも感じないところが特に大好き」
いやらしさしかない心で触れても伝わらない辺り、余程純粋なのだと思われているのだろう。子どものように思われているのだと感じて少しばかり悔しさに心を打たれていた。子どもといえば、つながって湧いてきた疑問をひとつ投げかけた。
「リリっていくつなの? 俺は17だけど」
リリは微笑んだ。
「思ったよりも大人だったのね、てっきり13くらいかと思ってた。私は23になるくらいかしら? キミにとってはもう歳だけ食ったババアかもしれないね」
微笑みは自嘲の笑いへと変貌していた。幹人は顔を赤くして目を輝かせる。
「6歳お姉さん……良いね!」
喜びに声は自然と高くなり嬉しさは滲み出る。リリの貌もまた、表情が緩んでいた。
「そう……それはよかった。リリ姉とか呼んでくれていいけども、どうかな」
表情や心情とは関係なく入る影、差し込む陰がひたすら妖しさを盛り付けていた。幹人の口はただ震えるように動くだけで言葉も声も出てこない。
「流石に恥ずかしいか」
それでもリリは頼み込むようにいう。
「お願い、街にいる間だけ」
漂う色気の香りに幹人の心は敵わなかった。そうして恥ずかしさをどうにか抑えて熱く煮えたぎる想いを込めて口にする。
「分かったよ……リリ姉」
ふたりの間に流れる甘い想いは森の澄んだ空気の中ではむき出しになってしまっていた。そんなふたりの会話の片隅で、ふたりの子どもが駆け回り、はしゃいで遊んでいた。
「やーやーあはは、みてみてりんごがあるよ美味しそう」
そう言って木を登り始める。
「とめなくていいの?」
その問いにリリは微かに声を出して艶っぽく笑うだけだった。木に登り、リンゴをもぎ取りふたりでかじりつく。
「うう、なにこれ、砂みたい」
「なんでこんなにマズいの? ねえお兄さん」
なんと、問いは幹人に投げかけられた。幹人は考える。そこの魔女のせいですよ、そういってしまえばこの場は楽だが後が恐ろしい。家を失い村からも敵だと思われ居場所がなくなるのはリリだけでなくもうひとり。他でもない自分自身だ。
悩み答えられない幹人に代わってリリが口を開く。
「ごめんなさいな、この子には説明してなかったけれど、ここは魔力で汚れてしまってるわけ、で、美味しくないからここのものは口にしないこと」
子どもたちはまだ持っている疑問を口にした。
「じゃあなんで魔女さんは汚れたとこにいるの?」
それについても答えはすでに用意されていた。
「魔法を使うのにこのくらい汚れた場所の方が都合がいいの。動物も少しおかしいから早く出ることをオススメする……死にたくなかったらね」
その言葉に満足して言われた通りに森を立ち去る子どもたちにリリはそっと微笑み手を振って見送った。
楽しい事のひとつもない子どもたちにとってその話は恐らく珍しいおもちゃのようなものに感じられたことであろう。きっとその話は噂となって広がってゆくはず。
そうしてまたひとつ、風聞がこの世に産み落とされた。
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