579.師匠と王家の影〜ミハイルside

『アシュリー=チェリアを不当に奪っておいて、こんな形でしか父親であるオジジに手を貸せない。

本当に申し訳ない。

ですって。

私を王女に預けたのも、そういう理由が大きいみたい。

もっとも王女が初めて長年の貸しを、娘のブランジュを通してベリードに求めた事もあったけどね』

『そうか……アシュリーは宰相と幼馴染だったな……そうか、宰相が……』


 続けるドラゴレナの言葉と、何かが腑に落ちたようなロウ爺の声音に、この時代のベリード宰相にも様々な葛藤があったのだと察せられた。


『私は散歩のお供に、宰相からドラゴレナを借りただけだよ』


 そうだな、王女。

わかったから、ちょっと口を挟むのを止めような。


 ロウ爺の記憶を視ているだけだから、止められはしないのだが……。


 そう言いながら、王女は刺客の1人に近づき、顔を隠していた布ごとフードを外す。


 すると王女の肩に乗っていたアルラウネも、自身から蔦を伸ばして残り2人の刺客を王女の近くに並べた。


 王女が他の2人の刺客の顔も顕にした。


 ん?

3人いた刺客の1人。

ヘインズの師匠に似てないか?


 髪は短いし、顔はもう少し精悍さがある。

だがゆるい癖がついた髪色も、師匠と同じくアッシュブラウンだ。


 俺が内心で首を捻っていると、王女が刺客達の体についた、致命傷となりそうな傷だけを魔法で癒やす。


『ほら、起きて』


 王女がペチペチン、ペチペチン、ペチペチンと3人の頬を順に往復ビンタしいく。


 その様が、雑な流れ作業のように見える。


『『『……う……』』』


 3人の刺客達が、口々に呻いて目を開ける。


 ヘインズの師匠に似た男は、瞳の色も師匠と同じくダークグレー。


 そう言えば師匠と初めて出会った時、鞭を振るう様に訓練した者特有の動きキレを感じた。


 その時ふと、妹の言葉を思い出す。

俺が妹の事を誤解していたのだと認識した直後だったか。


 妹と長年の付き合いがあるという、王家の影について妹が初めて口にした時の……。


『ええ。

以前は天井からよく覗いてらした、王家の影をされてる家名は秘密のガルフィさん。

御年31才、ちょっぴりオネエで独身貴族を謳歌中でしてよ。

ふふふ、絵画と食べられる草や茸を見分ける能力がピカイチで、隠れるのは苦手ですの。

天井は覗くついでにいつの間にか修繕して下さったのだけれど、他もお願いしているうちに修繕の腕がプロ並みになりましたわ。

時々定期的に覗いてお帰りになります』


 ヘインズから、師匠の名前は聞かされていない。

しかしヘインズは絵の師匠だと言っていた。


 妹の小説には、オネエと呼ばれる者の出で立ちも書かれてあったが……。


 そうか……こんな時に、こんな所で、こんな秘密を暴くと思わなかったぞ。


「くっ……ラビアンジェ……」


 ガクリと膝から崩れそうになるのを耐えながら、片手で顔を覆って項垂れてしまう。


「ミハイル?」

「どうしたのじゃ?」


 ラルフとロウ爺が、俺の言動に訝しむ。


「いや、妹にしてやられただけだ」

「妹?」

「そうか。

公……いや、ミハイルの妹なら、そんな事もあるだろう」


 妹の事を何も知らないロウ爺よ。

あなたの孫の、それまた孫は、無意識のやらかし体質なんですよ。


 心中でだが、告げ口してしまう。


 兄の俺よりも親密な関係となっているだろうラルフは、妹の性格を良くわかっている。

納得しつつ、どことなく俺に憐れみの視線を投げかける。


 困惑した様子のロウ爺と再び目が合えば、先ほどの映像の続きか?


 アルラウネが黄色に煌めく花粉を、3人の刺客達に纏わせているのが視えた。


『お前達はオルバンスの命令通り、御者を装ってロウビル=チェリアの乗る馬車を崖から落とした。

辛うじて息をしていたロウビル=チェリアが、最後に反撃したせいでお前達は軽い怪我を負った。

反射的に攻撃して息の根を止めたが、外傷があっては転落死を装ったと気づく者がいるかもしれない。

遺体は魔法で消去し、馬車から投げ出されてそこの川へ入った事にする。

孫娘のシャローナ=チェリアは、馬車から飛び出して川へ転落したところを確認した。

シャローナ=チェリアを探してみるも、生きてはいないだろうと判断した。

どのみちシャローナ=チェリアは何も知らない。

御者を装って盗み聞いた会話の中にも、ロウビル=チェリアがシャローナ=チェリアに何か秘密を打ち明けた内容は無かった』

『『『……はい』』』

『オルバンスの元へ戻って、この事を伝えなさい』

『『『……はい』』』


 どうやらアルラウネは聖獣の力で、王家の影達に暗示をかけたようだ。


 恐らくアルラウネの言葉で、ロウ爺の中にあっただろう、王女への不信感も払拭されたに違いない。


 映像は消えたが、この後ロウ爺は王女によってアシュリーがいるこの船内へと転移させられたのだろう。

シャローナはロベニア国に残ったに違いない。


 その時だ。


「……ん」


 か細い声がロウ爺の後ろから小さく漏れた。


「何じゃ、人がおったの……え……まさか……」


 振り返って驚くロウ爺。


「う……ん……」


 アシュリーが、ゆっくりと目を開ける。


 顕になった瞳は、菫色。

鏡越しに何度も見た事のある、俺の瞳とそっくりな色だった。


「あ……ああ……ここに……ここにおったのか……」


 掠れた声のロウ爺は、アシュリーにそろそろと近づいた。


「探したぞ……ずっと……ずっと、探しておったのだ……」


 妹と同じ藍色の瞳から、涙を幾筋も流しながら。




※※後書き※※

いつもご覧いただき、ありがとうございます。


ラビアンジェが初めてガルフィと口にしたのはNo.66。

※ちなみにちょうど最近、コミックの方でもここのシーンが公開されてます。

多分、アプリの先行公開部分だったかと。

オネエは商業として適さない言葉との事だったので、言い換えてます(^_^;)


ガルフィ初登場シーンはNo.183。


ミハイルが初めてガルフィの戦闘シーンを目撃したのはNo.324、No.325あたりになります。


気になった方は、よろしければご覧下さいm(_ _)m

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