528.ピヴィエラの最期〜ミハイルside
『なれど王家の始祖。
妾の初めての契約者と同じ素養を持ったそなたであれば……』
ピヴィエラはそこで言葉を切り、何かを逡巡した。
王女は体を起こし、眠るキャスケットをそっと地面に横たえて覚束ない足取りでピヴィエラに近寄る。
『妾の最後となる子を託す。
無事に孵化するかもわからぬ子だ。なれど孵化すれば、お前の力となろう』
気持ちを切り替えたように王女を見つめたピヴィエラ。
亜空間から出したのか?
王女の目の前に卵を出現させる。
少し前、王女はラグォンドルに5つの卵を差し出した。
卵の大半は割れ、ヒビが入りながらも中身が無事なのは、あの5個だけだといっていたな。
何故ピヴィエラはあの1個だけを亜空間に隠したんだ?
両手で卵を受け取った王女も、ほんの僅かにだが首を捻ったな。
不意に瞳の力が反応する。
卵の中で、濃い金色の魔力が渦巻いている。
他の5つの卵とは、内包する魔力の質量が桁違いだ。
だからかもしれない。
ピヴィエラは他の卵を失う事になっても、あの卵だけは真っ先に隠したのではないだろうか。
聖獣が生んだ卵だ。
もしかすると内包する魔力だけでなく、特別な力も秘めているのだろうか?
『それはラグォンドルに託すべきでは?』
『ラグォンドル……妾の愛しく可愛い夫よ』
王女の表情からは、どこまで気づいているのかわからない。
しかし卵を育てる事には気が引けているようだ。
ラグォンドルの性格がどんなものか、俺にはわからない。
しかし妻を傷つけられ、
更に王女には憐憫の情を示した。
一般的な魔獣よりずっと大きな、他者への愛情という感情を胸に抱いているのだけはこの目で見ている。
『私が卵に特別な感情を傾けてやれるかと問われたら、答えは否だ。
親子の愛情というものに全く縁がないから、孵化するまでどう接すれば良いか、全く想像がつかないよ。
そんな自分の魔力を与えるより、父親の自覚を持っているラグォンドルこそ、卵に魔力を与えて育むべきでは?
卵の孵化には、時に親の想いが関係すると聞いた事もある』
予想した通りの理由で、王女は敬遠する。
『ならぬ。
他の5個の卵ならともかく、この卵の中の子は妾の与えた聖獣の力が馴染まぬ状態で卵に魔力を与えれば、孵化より先に子が力に耐えられずに死ぬ。
これまでになく殻が薄い。
魔力を与えて育む者が、繊細な魔力コントロールをできねば、卵が割れてしまう。
そして、どうかラグォンドルにも伝えてくれるな。
他の無事な子とは比べられぬ程、生き延びるかどうか不確か。
もしもの時、再びラグォンドルが我を失い、暴走しかねぬ』
『けれど、ピヴィエラ……』
『妾は赤子だった死にゆくそなたを生かした。
ベルジャンヌという名を与え、短い時間ではあったがお前を育んだ妾に免じて……頼む』
なおも渋る王女に、ピヴィエラは畳み掛けるかのように話す。
王女は、恩のあるピヴィエラからそこまで言われてしまえば、これ以上の拒否もできなくなったのだろう。
『…………わかったよ、ピヴィエラ。
けれどその子が無事に孵化できたら、その時はラグォンドルに今の会話を話しても良い?』
ほっとしたように、ピヴィエラはラグォンドルへ頬ずりした。
次第に瞼を閉じていき……。
『……ああ……そんな日がくると……願って……』
こうして、聖獣ピヴィエラは最期を迎えた。
王女は眠るように目を閉じたピヴィエラに、左膝と右手の拳を地に着けて腰を落とし、左手を右胸に当てて頭を垂れて黙祷を捧げる。
目上の者への最上位の敬意を示した礼だ。
俺達
そうして王女は断固としてついていこうとする俺達
羽織っていたローブの中に隠し、それ以外の者は森に残して結界から出た。
ちなみに王女は普通に出られたが、少し離れた場所で結界を出ようとしていた魔獣は、結界にぶつかってもんどり打っていた。
王女がレジルスを連れて行かなかったのは、単純にサイズの問題だ。
ローブからはみ出してしまうからと、王女がレジルスの同行だけは頑なに許さなかった。
真っ黒い怨嗟がこもったかのような犬の眼差しは、俺達がローブに入ってからも向けられていた事だろう。
この時は王女のこうした行動の理由がわからなかった。
しかし城に戻ってからの扱いを鑑みれば、俺達を守る為だったと理解できた。
※※後書き※※
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
サポーターの方にお知らせです。
本日、サポーター限定記事にて全5話完結の短編小説を投稿しております。
ささやかですが、感謝の気持ちです(*^^*)
※【ヤンチャ聖女】とは全く関係ないです。
よろしければ、ご覧下さい。
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