527.地下牢〜ミハイルside

「ブブブッ、ブブブッ」

(酷すぎる)


 子兎の姿をしたラルフが、珍しく感情を顕にしている。

兎の習性か、後ろ脚を石畳にタシタシとお見舞いしている。


「ニャゴ」

(全くだ)


 それは俺も同じ。

どうにもこみ上げる怒りが治まらない。

ラルフがいるからこそ、怒りが噴出するのを抑えているが、俺1匹1人だったら城内のあらゆる壁紙とカーテンに、この爪の威力をバリバリと示していた事だろう。


 今は身動きが取れず、尻尾をパシパシと石畳に打ちつけるに留めているが。


 ここは魔の森、ではなく王城の地下牢だ。


 俺とラルフは今、硬く冷たい石畳の上で丸くなって気を失っている王女の体を温めるべく、張りついている。


 あんな大魔法を使う魔法師なのに、王女の体はか細くて小さい。

見た目に10才前後だと思っていたのに、寄り添ってみれば俺の知る10才よりずっと小さかった。


 王女は魔力量が桁外れに多いからだろう。


 これは魔力量が少ない者の心理的な作用が起因している、というのが通説だ。

自分より極端に魔力量が多い者と争い、命を失う事がないよう無意識に忌避する為、大きな存在に感じてしまうらしい。


 妹のラビアンジェみたいだ、と密かに思う。


 妹もまた、年頃の令嬢に比べて実は小柄だったりする。

なのに面と向かい合うとそう感じさせない。


 しかし妹の魔力量は、かなり少ない。

不思議だ。


「ん……」


 魔力枯渇の症状が強く出て、体温が下がっているせいか、体を震わせる王女が眉を顰めて更に丸くなる。


「キュウ」


 王女の腹の辺りを温めていたラルフが王女に抱き締められる形となり、甘えた鳴き方をする。


 恐らくこれは無意識なんだろうな。

手で口元を隠した。


 しかし妙にラルフの反応がムカつく。

癇に触るというか……もちろん口には出さないが。


 大型犬のレジルスがいれば、王女がもう少し暖を取れるだろうが、体が大きかったせいで今はいない。

恐らくは、まう間もなくすると合流できるはずだ。


「ブ、ブ、ブ」

(王女は……ベルジャンヌ王女は、天才魔法師だった。

どうして稀代の悪女や無能だと後世に汚名を残す事になったんだろうか。

本当に悪魔を呼び出し、これから10年もしない内に亡くなってしまうのか?)


 半分は照れ隠しだろうが、ラルフが魔の森で感じた違和感を口にする。


「ニャニャニャ」

(事実を捏造された可能性が高い。

それも王家と……四大公爵家によって。

ピヴィエラとの最期の会話を鑑みても、王女が悪魔を呼び出したなどとは考えられない)


 俺達が地下牢に入る前、そう遠くない未来で蠱毒の箱庭と呼ばれるだろうあの森で聖獣ピヴィエラを看取った光景を思い出す。


『ベルジャンヌよ。

妾では、ラグォンドルを魔法呪にしようとした悪魔を滅ぼせぬ。

アヴォイドも、ヴァミリアも同じであろう』


 ピヴィエラは、自分と同じ白銀の鬣に青銀色の竜へと昇華したラグォンドルに寄り添うピヴィエラは、静かな声でそう告げた。


 今、目の前にある夫婦は2体共に、大きな体だ。


 ラグォンドルが昇華し、俺の知る金が散った藍色に瞳の色が変わった時、王女は1度倒れている。


 だからあの時、何故かピヴィエラの瞳もラグォンドル同様、同じ色に染まっていた事を、王女は知らない。

ラグォンドルに加護を与えている間、ピヴィエラの体に絶えず魔力を通していた影響だろうか?


 王女が目を覚ます頃には、瞳は魔獣の赤に戻っていたが。


 ピヴィエラの体は、王女が高出力で魔力を通した為、傷ついて所々血が滲んでいた。

それでも白い体躯に月光に反射する金の煌めきは美しかった。


『……アヴォイド?』


 仰向けになった王女が、疲れて眠りこけるキャスケットを胸に抱き、息も絶え絶えに問う。

王女も初めて聞く名前らしい。


『何故、忘れていたのかはわからぬ。

随分と長き時を生き、いつしか聖獣との契約が歪んだ事で記憶もまた、歪んだのやもしれぬ。

全てを思い出せたわけでもなく、この記憶が正しいものかも今となってはわからぬ。

なれど少なくとも、妾達3体は悪魔を滅ぼせぬ。

それだけは確信しておる』


 何故だ?

記憶が歪むのは、聖獣の契約が歪んだ事が事実ならあり得なくはない。


 闇属性である隷属の要素が織りこまれているなら、なおさらだ。

闇属性の魔法は精神に作用しやすい。


 しかしこの国には少なくともキャスケットがいる。

他にも聖獣はいるはずだが、何故その3体に限定する必要がある?

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