517.あの王太子と王女〜ミハイルside

「ヒイッ!

わ、悪かった!

お前を攻撃するつもりは、なかったのだ!

聖獣ピヴィエラの卵を手に入れて、子供が孵化したら従魔にしようとしただけで……」

「シャー!」

(お前のせいで、妻は傷つき、卵が幾つか割れた!

お前が俺達の子を殺した!)


 聖獣の卵?!

それも手に入れようとした挙げ句、卵を割った?!


 弁解にもならない弁解をほざくエビアスに、黒蛇は更に激高しながら距離を詰める。


 エビアスは、ぐったりと動かなくなったハディクを体の上に乗せながら半身を起こす。

その顔は、恐怖と絶望に歪んでいる。


 状況が飲みこめないが、明らかに2人の少年の行動が原因なのは察せられた。

それでも自分より年若い少年だ。

魔獣に殺される事に、見て見ぬふりもできない。


 他の2人2匹もそうだろう。

それぞれの動物の足で、駆け寄る。


「た、助け……ベル、ベルジャンヌ……何をしているんだ。

早く、早く助けに来いよ……」


 エビアスがガタガタ震えながら……ベルジャンヌ、だと?!


 猫耳だからか小さな呟きが聞き取れて、思わず足を止めた。

遠目だが犬と子兎も急停止し、耳をエビアスの方向へ向ける。


 エビアスが歯をガチガチ鳴らしながら、自分と黒蛇間に障壁を張った。

随分とお粗末な障壁だが、物理攻撃くらいなら1度くらいは防げそうだ。


 しかし黒蛇は予想していたのだろう。

長い体躯をくねらせる。

すると尻尾がエビアスの背後に回り、背中を勢い良く弾いた。


 ハディクの体が弾みで横へ転がり飛び、エビアスは前方の障壁に顔から突っこんだ。

ぶつかった拍子にエビアスがくぐもった声を微かに上げ、障壁が崩れ消える。


 黒蛇が鎌首を持ち上げた。


「ヒッ、ヒッ……た、助け……」

「シャー!」

(死ね!)

「うわあああ!」


 エビアスは身を固くして叫ぶ。


 鋭い牙を覗かせた口を大きく開け、頭からエビアスを飲みこもうと黒蛇が迫る。


__カッ。


 その時、再び障壁が現れて少年2人をドーム状に囲んだ。

今度の障壁は、どんな攻撃も防げるだけの強さが見て取れる。


「初めまして、ラグォンドル。

悪いけど、王太子を殺させる訳にはいかないんだ」


 幼い少女の声が障壁の内側から聞こえたかと思うと、白桃銀の髪をした小さな人影が忽然と現れていた。


「お、遅いんだよ!

ベルジャンヌ!

何をしてた!

お前がもっと早く来てたら、僕は、ハディクも!

こんな怪我しなかったんだぞ!

全部お前のせいだ!」


 エビアスがベルジャンヌと呼んだ少女に向かって、自分勝手に責任転嫁して罵倒する。

近くに落ちた小石を拾って……コイツの性根、腐ってるだろう!

少女の背後にぶつけ始めた?!


「シャァァァー!」

(邪魔だ!

お前も殺す!)


 黒蛇は黒蛇で、殺意を少女にもぶつけ、障壁には体で体当たりした後、体を巻きつけて締め上げる。


「君、邪魔。

森から出てなよ」

「はあ?!

僕は王太子だ!

父上に見放されて、四公の公子どころか高位貴族より立場が低い庶子が偉そうに命令……」


 まさかと思っていたが、やはりエビアスは王太子か?!


「その父親と君の母親から、命令されたんだよ。

君とそこのバ……アッシェ公子を森から無傷で出して、何事も無かったように処理しろって。

君が従うのは、私じゃなくて君の両親からの命令なんだから、従うよね?」


 絶対、馬鹿って言いかけたな?!

というか、アッシェ公子?!

しかし……この色味の公子で、王太子やベルジャンヌ……多分俺の知る王女の存命中に

四公の血筋なら、ある程度遡って覚えているが……。


「父上から?!

何で誤魔化しておかなかったんだ!」

「君から誤魔化せと命令されていないから?」

「この、役立たずが!」

「そろそろ良い?」


 振り返った拍子に、王女の額を石が掠めて血が流れる。

しかし王女は意に介さず、障壁も維持したまま魔法を展開する。


「偉そうに!」

「他人だけ転移させるの、まだ慣れてないから抵抗しない方が良いよ。

体が欠けるかもしれないから」

「なっ……覚えていろ!

城に帰ったら、母上に言いつけて仕置きして……」


 言い終わらない内に、少年2人の姿が消えた。

転移したんだろう。


 障壁を維持しつつ、自分以外の者だけを転移させるのはかなりの魔力を消費する。

その上王女は今、10才前後だろうか。

こんな高等魔法を使うには、余りに幼い。


 尚も騒がしい障壁の外へ振り返った王女の顔色は、悪くなっていた。

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