507.剥奪と封緘
「っ、お、のれっ、おのれぇぇぇ!」
ジャビの肉体が逆再生したかのように変化していく。
まずは赤黒い力がシュルリと側妃の体から抜け出る。
アレはベルジャンヌの遺灰から取り出した力。
それが帰る場所を失って霧散した。
次に側妃の体から、透けた状態になったスリアーダの体が遊離する。
するとスリアーダの体から、シエナらしき黒煙が立ち昇った。
『……憎い……ラビアンジェ……』
ルシアナの肉体が無いからか、最後まで私を憎む魂は微かな声と共に消えた。
「い、嫌だ……肉体……何故だ……」
ジャビは不思議でしょうね。
ただ時間を巻き戻すだけなら、スリアーダの肉体が復活するだけ。
けれど忘れたの?
ジャビは側妃の遺体に自分を入りこませる為に、既に肉体を手放した。
「……そう、か……ならば……」
「……っ、……!」
猿轡をした愚か者だけは、私の魔力が染みこんだ縄のお陰で魔法の影響から除外されている。
狙いを定めたジャビが、最後の力を振り絞り、愚か者の中へ入ろうと煙となって、愚か者の背中にある召喚陣に迫る。
この時を待っていたわ!
『聖獣の主として命じる。
ジョシュア=ナヌル=ロベニアから、王族の証として聖獣が授けた祝福を剥奪する」
既に愚か者の祝福名は手にしている。
「き、貴様ぁ!」
ジャビが焦りの声を上げる。
どちらにしても、もう愚か者の中に入るしかない。
やはりそうなのね。
全ては勘だけれど、ジャビは魔力量の多い肉体だけではなく、王族の肉体を手に入れる事にこだわっていた。
それは聖獣アヴォイドの祝福を宿した体を手に入れる事でもある。
愚か者の中にジャビが入りこむ直前。
愚か者の髪から銀が抜け出て、花になる。
花はスノーフレーク__鈴蘭に良く似た彼岸花科の植物へと形を取る。
これが愚か者の選んだ王族の花。
鈴蘭のように下向きの小花には、花弁の縁に緑の斑点がポツンとある。
「やめろ!
花を返せ!」
間一髪のところで王族の証とも言える花を失った愚か者、いえ、今はジャビね。
ジャビは縄を食い千切って叫ぶけれど、無視。
グシャリと花を握り潰す。
「あ、あああああ!」
強い喪失感に苛まれ、嘆くような慟哭が愚か者の口から漏れる。
嘆いているのは愚か者なのか、ジャビなのか。
ジャビが愚か者の背中につけた召喚陣に、封緘の魔法陣を上書きする。
「ぎゃぁぁぁ!」
愚か者が叫び、痛みから逃れようとゴロゴロ転がる。
異なる力を、非なる力で押さえつけるように刻んだから、激痛が走るのは仕方ない。
「お前達への現実的な沙汰は、国王が決めればいい」
そう告げると涙を流し始めたのは、愚か者の方かしら。
封緘の完了を見届けて、愚か者と全てが抜け出た側妃の体を結界の外へと転移させた。
結界は契約した聖獣達が張ったもの。
契約者の私なら、内外自由に転移させる事は可能よ。
「……ぅ!」
体中に、聖印がブワリと現れる。
まともに悲鳴も上げられないまま、激痛に体を硬直させた。
ああ……これで終わりね。
この世界での私は、
でも後悔はない。
どのみち今世は、前世の余生のように考えていたもの。
それにきっと死んだ人達は全員、死ぬ前に時間が戻った。
フォルメイト嬢もダツィア嬢も、死ぬ間際まで甚振られた記憶は無くなっているはず。
もちろん……お兄様も。
ふと、大事な約束を思い出す。
今世で私が死ぬ時は、共に連れて逝くと約束していたわ。
「キャス……」
『月和、諦めんな』
キャスケットと名前を呼ぼうとして、どうしてかあの人の声が耳元で聞こえて、口ごもる。
「……ぃと……」
思わずあの人の名前を口にしそうになってしまった。
呼びたくて、でもこれ以上恋しくなるのがつらくて、ずっと口にしなかった。
「ラビ!」
「お母さん!」
不意を突いて、胸にキャスケットとディアナが転移して飛びこんできた。
しまった。
この2体は結界の内側にいたんだった。
「させない!
連れて行かせない!」
「お母さん、守る!」
「キャスケット、ディアナ、やめ……」
「最後まで諦めないって約束したじゃないか!」
制止しようとして、あの人と同じ事を叫ぶキャスケットに思わず口を噤む。
「『ラビアンジェ!』」
「「公女!」」
吹き飛んだ秘密の小部屋のドアの向こうには、お兄様とラルフ君、そしてピケルアーラを背負った国王。
ピケルアーラは、瞳の色が変わっている?
金の散った藍色にも、朱色にも見える不思議な色をしていた。
ドアの辺りに設置してあった侵入防止結界に阻まれながら、皆が必死にこちらへ手を伸ばしている。
良かった。
時間遡行魔法は、ちゃんと発現したのね。
※※後書き※※
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
フォロー、レビュー、応援、コメントにいつも励まされております。
サポーターの方には更なる感謝をm(_ _)m
シエナ完全に決着、ミハイルとラルフが復活したところで、次回5章完結!
ラストもシリアスで締めくくる(はず)!
そして書籍版3巻が8/9(金)に発売します!
詳しい事は少し前に近況報告に書いてあるので、よろしければご覧下さいm(_ _)m
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