476.見限っていた公爵〜レジルスside
「だからね、陛下」
ポタポタと、短剣を伝って側妃の血が滴り落ちる。
しかし落ちた血は地面に落ちる事なく、気化したように靄となって消える。
「……っは……」
小さく息を吐いた王妃の体が、その血に呼応するかのように痙攣し始めた。
顔も唇も真っ青だ。
「クリスタ!」
明らかに側妃が何かしている。
騎士団長もそう考えたんだろう。
手にした大剣で側妃に一撃を与えようと、素早く斬りこみにかかる。
「王妃を殺したいの?!」
だが騎士団長も側妃の目を見ればわかるはず。
斬られただけでは、絶対に王妃の状態を良くできない。
それに出血させるのも、今の状況的に悪手となる可能性が高い。
王妃の悪化が側妃の血によるものか、意志によるものか、長時間呼吸が妨げられたせいなのか判断がつかない。
「やはり王妃に何かしているのか」
体を斬る寸前で剣を止め、首筋に剣を沿わせた騎士団長が睨みつけながら尋ねる。
やはり騎士団長も判断しかねているらしい。
唯一わかりそうなロブール公爵を軽く見やれば、金緑の瞳は側妃の血に注意を向けている。
だが……人には注視していない?
側妃と騎士団長から、そう離れていない場所にいるというのに、公爵がどことなく不快そうに見ているのは側妃の血。
それに騎士団長と陛下だけでなく、側妃すらも公爵の方へ見向きもしない。
公爵は四大公爵家の当主を務め、先代国王を支えた重鎮だった人物。
もちろん切れ者なだけでなく、魔法にも長けているのは明白だ。
だからこそ弟妹達は、公爵にも側妃を止める手助けを願う素振りを見せている。
もしかしたら妻と共に行動していた結界の中では、何かしら2人を助けたのかもしれない。
俺が予測しているベルジャンヌ王女と公爵の本当の関係。
それは噂とは全く異なり……。
公爵は王族を、ともすればロブール国をも見限っているのではないか。
確信めいた考えがよぎる。
だとして公爵が興味を惹かれているのが側妃の血。
先程は、側妃の
ベルジャンヌ王女の死には、間違いなく悪魔が絡んでいる。
公爵でなくとも、わかりきった事実。
側妃はジャビと繋がっている。
もしかすると俺が魔法呪となりかけた頃から……。
だとするなら、聖獣の力でないと王妃は救えない。
「……良いだろう。
アッシェ団長は下がれ」
「陛下!」
「下がれ」
「……はっ」
初めは抵抗を示した騎士団長も、有無を言わせない陛下の言葉に剣を下ろして後ろへ下がる。
「アッシェ団長。
余にもしもの時には、レジルスに従え。
レジルス」
「わかりました」
王妃の命は風前の灯。
もう数分と保たない。
陛下の意図をくみ取り、陛下から王妃の体を抱きとめ……少し驚く。
……俺の
思えば魔法呪になりかけた日から、1度も触れた事がない。
隔離された離宮でも、城から遠ざける為に送られた王妃の生家でも、公女に解呪された後城に戻ってからも……ただの1度も……。
そんな俺の戸惑いに気づくはずもなく、陛下は王妃から離れて側妃へと近づく。
「陛下……私のこの血で、この刃に誓約するわ」
陛下をうっとりと見つめる側妃は、どこか陶酔している。
「それで?」
「陛下もこの刃に誓約を。
私を王妃にすると誓って?
もちろんソフィニカを王妃から降ろせなんて言わないわ。
先代の王妃も2人いたのだから、構わないでしょう?」
短刀を握りしめる側妃から、陛下は短刀を受け取る。
空いた方の手で、側妃の傷ついた手を握った。
「ああ、嬉しい。
指先を軽く切るくらいでいいわ。
愛しい陛下に深い傷はつけたくないもの」
側妃は陛下が自分の傷を癒した事が、余程嬉しかったらしい。
頬を赤く喜色に満ちた顔で要求する。
「良かろう」
陛下は頷いて手の平に薄く刃を滑らせる。
陛下の鮮血と、刃にこびりついていた側妃の血が混ざる。
「……ぐっ」
少し間をおいて……陛下が低く、くぐもった声を出して片膝をついた。
「ああ、やっと!
やっと陛下は私の物になった!
さあ、陛下!
私に王妃の任命を下しなさい!」
そんな陛下に向かって側妃は、狂喜しながら声高々に命じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます