471.死を……〜王妃side

「クソッ、よりによって!」


 霞む視界の中、落ちて来た2頭の魔獣達を確認して悪態を吐く騎士。


 無言で多くの魔獣を鞭で蹴散らす影も、私の目の前に落ちて来た魔獣を流し見る。


 けれどこの2人は襲い来る沢山の魔獣を相手に、手一杯の状態。


__ンブゥォォォォ!


 四つ脚で着地した1頭は、2つの角を持つさい

割れて温室からただの破片と化していたガラスの上をものともせずに走り、酸欠で朦朧とする私がかろうじて維持する障壁に突撃する。


__ギィエッ、ギィエッ、ギィエッ!!


 更に犀に跨っていた猿が突撃した勢いを利用して、障壁へと向かって太く大きな拳でまずは一撃。

更にそこから拳打し始める。


 2頭共、口の端から牙を覗かせており、蹄や爪は太く鋭く伸びている。

魔獣特有の赤い瞳は血走り、学生時代の訓練で見たそれぞれの魔獣の形態から逸脱していた。


 しかしその2頭が何と呼ばれるのか、知識としては識別できている。


 犀は鼻先を伸ばしたベヒモス。

猿は目と耳を大きくし、感知・探知能力を上げたシーカーモンキーだ。

どちらもあらゆる魔獣を食し、食物連鎖の上位に君臨しながら進化した形態。


 当然、攻撃能力も通常の猿や犀と違って増しており、危険度はA。

通常なら身の丈は小さくとも人の10倍はある。

そう、通常ならば。


 この2頭は精々が3倍程度。

まるで狭い校内でも暴れ回れるような大きさに、この異常事態を引き起こした何者かの悪意を感じる。


 もちろん平民が通う学校なら、動きは制限されていたかもしれない。


 けれどここは王侯貴族が通う学園。

廊下も教室もそれなりに広く、高さもあるせいで校舎内を縦横無尽に暴れ回れてしまう。


「おい、見ろ!」

「王妃様の障壁が!」

「「「きゃあ!」」」


 私の障壁内に逃げこんだ学生達が恐怖にざわつき、女生徒達の半分ほどは悲鳴を上げる。


 障壁に亀裂が入った。

そう気づいて魔力を流して補修しようとしたものの、体内の魔力が乱れて上手く……。


「ダツィア嬢、王妃様の状態異常を和らげて下さいませ!」

「わかりましたわ!」


 不意に私を支えるバルリーガ公爵令嬢が声を上げる。

ダツィア侯爵令嬢が頷いて、私の体に魔力を纏わせた。


 すると完全に塞がりつつあった気道が、僅かに緩んだ気がした。


 ダツィア侯爵令嬢は元婚約者の為、治癒魔法系統をレジルス息子とロブール公子から直接学んでいると報告を受けている。


 もちろん状態異常回復は治癒魔法の1つ。

けれど今、私を除けば魔法が使えない。


 ただし状態異常の症状を和らげる場合には、2つの方法があり、広く用いられるのは魔法を使う方法。

そしてもう1つが今、私がダツィア侯爵令嬢に施されている方法。


 ダツィア侯爵令嬢の魔力が、私の体に流れる魔力に馴染んでいく。

すると特に胃の辺りで乱れていた魔力が僅かに落ち着く。

魔力の滞りが解消されて動きは未だに悪いながらも、循環して魔法を発現させやすくなったのを感じる。


 とはいえ体の症状が大きく寛解した訳でもない。

質の悪い異常さを帯びているのか、寛解した途端、再び乱れようとしている。


 それに対抗しているダツィア侯爵令嬢のこめかみから流れた冷や汗を見る限り、そう時間を置かずしてこの令嬢に限界が来ると直感してしまう。


 それにしてもバルリーガ公爵令嬢は、状態異常と言ったの?

それは私が何らかの魔法か、もしくは毒の類に侵されていなければ出ない言葉。


「王妃様、ご無礼をお許し下さいませ」


 不意にバルリーガ公爵令嬢がそう口にして、私の手を取り、障壁へ自分の手と共にかざす。

自らの魔力を私の体内に入りこませ、私の魔力を拾い上げて私の体をある種の魔法具のようにして障壁のヒビを完全修復した。


 バルリーガ公爵令嬢は、確か魔力の感知能力が高い令嬢だった。

だから魔法が使えなくても、私の体の魔力が何らかの異常性を帯びていた事に気づいたのでしょう。

その上で他者の魔力を操作し、魔法が発現しないこの状況でも活路を見出せた。


 だからといって安心どころか、時間が経つ程に状況は悪化する。


 死を……覚悟しなければならない。

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