438.言葉選び〜ミハイルside
「それにラビアンジェのクラスの食べ物……何だったかしら?」
そういえば、2年Dクラスの出店品目を伝えていなかったな。
「豚骨風ラーメンです」
「……初めて聞く料理名だな?」
祖父は訝しげな様子ながら、どことなく興味をもったようにも感じる。
妹によってできた酒と前菜が口に合ったからかもしれない。
「それもラビアンジェが考案しています。
私も何度か食べましたが、とても美味しいんですよ」
「「まあ(そうか)」」
祖父母が仲良く同時に感嘆する。
祖父もわかりづらいが、多分そうだ。
何となく祖父と父の無表情感が、親子だなと感じさせる。
もしかして学園では氷のなんちゃらと呼ばれている俺もそんなところがあるのか?
妹は間違いなく祖母に似ている。
俺達の母親も更に血筋を辿れば、チェリア家に連なる血筋だ。
なのに妹からは母親の血の片鱗も感じられない。
「それじゃあ王族の方々にご挨拶したら、ラビアンジェのクラスへ食べに行きましょう。
ミハイルは生徒会のお仕事が忙しいのかしら?」
「私は生徒会の副会長なので後任のフォローもあって、やる事はあります。
ですが必ず時間を作りますね」
実は現状、成り行きだが会長を兼ねる副会長だから相当忙しい。
とはいえ次期生徒会長には、3年生の男子役員が内定してある。
第2王子が会長として居た間も、他の役員や取り巻き達のように感化される事なく、第2王子の婚約者だった妹を決して罵らなかった役員だ。
正式決定は文化祭の後。
次期生徒会長は候補を絞り、学生達の投票で決まる。
懸念はその役員が平民である事だが、現在の3年生役員は貴族ながら、第2王子の言動を諌めず風紀を乱した諸悪の根源として認知されている。
また3人の王子達の婚約者候補であるバルリーガ嬢達が新生徒会役員として生徒会へ入り、フォローすると約束もしてくれた。
問題はないだろう。
「それなら、ラビアンジェにも会えるわね!」
「そう……ですね?」
即答しかけて言い淀む。
妹が1年生だった時の、文化祭当日を思い出したからだ。
あの日の妹は準備だけして、どこかに雲隠れしていた。
その後3年生だった俺は、時間を作って探したんだが全く見当たらなかった。
今にして思えば、婚約者だった第2王子とシエナの突撃を避ける為だったんだろう。
実際あの2人とヘインズや他の取り巻き達が、1年Dクラスへ何度も出入りしていた。
最終日の打ち上げとなる後夜祭でも、他の多くの学生達が婚約者同士で花火やダンスを楽しむ中、第2王子はシエナを伴ってご満悦だった。
あの時、第2王子とシエナそれぞれに苦言を呈したが、妹が見当たらなかったからだと言われてしまえば黙るしかなかった。
実際、花火が打ち終わるまで妹の姿を確認できなかったのだから。
「ミハイル?」
祖母の戸惑う声。
そして祖父の瞳が煌めきかけたのを見て、昨年度の妹を頭から消し去る。
祖父の瞳の力を発動されると、瞳の力の抑え方を覚えたばかりの俺では太刀打ちできない。
やっと学園の雰囲気が落ち着いたのに、過去を覗き見られて蒸し返されるのは避けたい。
中途半端な覗かれ方をして、妹にロブール公女としての責任云々を祖父が直接妹に持ち出す可能性もあり得る。
「必ず捕獲しておきます」
「「捕獲?」」
妹は逃走猛者だ。
ひと度逃走すれば、捕まらない。
しかし昨年度も事前の準備までは姿を見せていた。
確か孫に教える祖母のような慈愛の眼差しを同級生達にむけながら、楽しそうにヘアアレンジとやらを手ほどきしていた。
絶対捕獲してやる。
「はい。
捕獲しておきます」
「そ、そう?
あの、手荒な事はしなくて良いのよ?」
捕獲という言葉で祖母を困惑させてしまったらしい。
手荒な事をするつもりはないが、その言葉以上にぴったりくる言葉が見つからない。
「会いたがらなければ、無理させないで。
ラビアンジェを気にかけていたのに、1番大変だった時に側にいてあげられなかったんだもの」
祖母の申し訳なげな表情は、この場にいない妹に向けてのものだろう。
祖母は何度も妹に手紙を出し、気にかけていた。
立場上、妹から返事がないのに当主夫妻の本邸へ押しかける事ができなかったのは当然だ。
手紙を俺達の母親が握り潰していたなんて、誰が思う。
ただ今回、間違いなく俺は言葉選びを間違えた。
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