424.小屋〜ミハイルside

「いえ、ラビアンジェは特に何も」


 妹が祖母を特別視している事は前々から気づいていたが、記憶の話を聞いた時、やっと合点がいった。


 俺の目の前にいる優しい祖母が母方の祖母だけでなく、義娘となった母親も存在を否定した中、の為に生まれてすぐの未熟な体がある程度育つまで、愛情を注いで育んだ。


 ロブール家を引き継げる血縁が予定していた2人となり、ロブール家当主の座を息子に譲り、早々に領地ここへと居を移した祖父。


 父親祖父が先代当主として命じなければ、月に1度すら邸に戻らないだろう、家族に興味のない父親。


 妹に理不尽な怒りを、いや、憎しみをぶつける母親。


 徐々に妹に苛立ちを感じ、きつく当たるようになったばかりか、従妹であるシエナ元義妹が妹を貶めていた事にも気づかずにいた


 妹と共に過ごした家族は、そんなどうしようもない人間ばかりだ。


 無条件に妹へ愛情を注ぎ、何かと気にかけ続けてくれた祖母に対する妹の感情が、俺達と違うのは当然だろう。


「もしラビアンジェにも負い目を感じてらっしゃるなら、その必要はありません」

「ありがとう、ミハイル。

でも私にかけられている守護魔法が、あなた達2人から母親を奪ってしまったのは確かよ」


 妹は母親の生家が遺骨の引き取りを拒否する事を見越して、俺を通じて祖母を頼った。

それくらい祖母を信用している。


 それに母を見限っていたのは妹だけではない。

俺もそうだった。


 見限った後に母が祖母を襲い、祖母の守護魔法が母に致命傷を与えたのだから、祖母が気に病む必要は本当にないのに……。


 しゅんと項垂れる祖母を前に、どうしたものかと考えを巡らせる。

恐らく何を言っても祖母は自分を責め続ける。


「そういえばお祖母様に守護魔法をかけたのは、お祖父様ですか?」


 ひとまず話題を変えてみた。

気の利いた事を思いつかない孫で申し訳ないと思いながら。


「いいえ、別の方よ。

私とお祖父様にとって、大恩ある方なの。

この守護魔法があったから、ロブール公爵家の夫人として生きてこられたわ」


 どこか影を帯びる祖母。


「もしや……これまでにも命を狙われた事が?」

「あの時代は身分制度も拗れていたし、人の善悪も混沌として、何かしらを企む者も多かったわ。

それに没落しかけの伯爵令嬢だったのだもの。

運命の恋人達と大衆が騒いでも、相応しくないと思う高位貴族は国内外にもたくさんいたわ。

そう……お祖父様でさえ……」

「え?」


 最後の言葉はあまりに小さな声で、聞き取れたかわからない。

お祖父様でさえ、と言ったのか?


 まるでお祖父様も相応しくないと言われていたように聞こえたが……。


 だがお祖父様は、生まれながらの四大公爵家公子だ。

そもそも誰に対して相応しくないと思われたというのか。

聞き間違いだろうか。


 戸惑う俺に苦笑いを向けてから、祖母は続ける。


「面と向かって罵倒してくる令嬢達を可愛いと感じるくらいには、穏やかな笑顔の下に苛烈さを秘めた方が多かったの。

体は魔法があまりにも強力で、病気以外で傷つく事はなかったけれど、あの小屋で過ごす時間が無ければ心は耐えられなかったはずよ」


 命を狙われた事があったと言外に告げている。

それも恐らく1度や2度の話じゃない。


 そういえば以前、俺がこの領地で経営を学びに来た時にも、今では妹の住処となった離れで過ごす時間が祖母の、そして1年に1度は祖父の拠り所となっていたと聞いたな。


 元々は夫人としての重圧に耐えられなくなっていた祖母の為に、祖父が小屋を建てた。

恩のある誰かと過ごした場所に模した小屋だった、じゃなかたったか?


 俺が妹の腕を折った日、治癒した後に妹にそれを伝えた。

直後に嬉しそうに微笑んだ妹の顔は、今でも覚えている。


「もしかして、あの小屋で過ごしたという方がお祖母様に魔法を?」

「ええ。

お陰で誰も私を狙わなくなってから随分と経っているわ」


 母もそうだが、返り討ちに遭った者も多かったに違いない。


「ラビアンジェが今、あの小屋で住んでいます」


 落ちこむ祖母の心が、少しでも救われるようにと願いながら話した。

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