417.麺の茹で湯

「下ごしらえさえしときゃ、短時間で出せるメニューだし、腹も膨れる!

これならラーメン専門店って事で、トムの母親がやってるカフェみたいに、期間と時間を昼にすりゃ店を再開してみるのも良い!」


 マリーちゃんの元旦那さんは、浮気がバレて追い出されたの。

入り婿の元旦那さんと営んでいた、お昼限定の定食屋さんはマリーちゃん1人では難しくて止めてしまったのよね。


 マリーちゃんの言うようにラーメン一本に絞るなら、きっとできるわ。


「公女、この麺はよくある麺と違いますよ?」

「さすがね、ローレン君。

良い着眼点!」

「ツルッとしていて、でもコシがあります!

美味しいです!」

「カルティカちゃんにそう言われると嬉しいわ。

替え玉……麺だけを追加する手もあるのよ?」


 チラリと厨房に視線を送ってから、替え玉を提案してみる。


「いただこう」

「「私も(ぼくも)お願いします!」」

「替え玉一丁!」

『は〜い!』


 厨房に向かって声をかければ、スタンバイしていたディアが可愛らしい声でお返事してくれる。

白藍色の体も見慣れてきたディアは、屋台の店主を模して頭にねじりハチマキを巻いているの。

はぁ、可愛いわ。


 もちろん他の人には見えないし、聞こえない。


 作り置きしてあった細麺乾燥パスタ。

前世でも今世でも、サラダ用によく使っているの。


 ディアはそれをまずは魔法で浮かせ、お湯を入れたお鍋にセットしてある、前世のラーメン店でお馴染みのテボザルに麺を1人前ずつ入れてくれる。


『ラーメンの麺じゃなくていいの?』


 可愛らしく小首を傾げるうちの天使は、私の前世の記憶を覗いたのね。


「今はこの国にお馴染みのパスタ麺でいいのよ。

そのお湯に秘密があるの」


 向こうの4人には聞こえないように、小声でディアに教える。

学食の料理長さんには許可を得て厨房を借りたから、今は私達しかいないわ。


「はぅ、裏技?!」


 魔法で麺をほぐすディアは、またまた私の記憶を覗いて正解に辿り着く。

聖獣の力のコントロールが随分と上達してきているわね。


「正解よ。

前世なら重曹やかん水の素を使うけれど、木灰を溶かした上澄み液をお湯に入れるとパスタ麺はラーメン麺のようになるの。

文化祭で出すなら、慣れたパスタ麺の方が便利でしょう。

マリーちゃんは昔私が賄でこの方法を使ったのを知っているから、麺については何も言わなかったのだと思うわ」


 そう説明している間にも、麺が茹で上がる。

ディアが魔法で水を切り、私が用意したお皿に麺を乗せていく。


「ありがとう、ディア。

行ってくるわ」

「は〜い」


 いつものようにウエイトレス持ちをして、3人の元へ。

マリーちゃんはこの後実家の飲み屋のお仕事があるから、お代わりはしないみたい。


「お待たせ〜」

「「ありがとうございます、公女」」

「昔、賄でこの麺を出していたと聞いていたところだ」


 同時にお礼を伝えるローレン君とカルティカちゃん。

ラルフ君は軽く首を縦に振ってお礼をしてくれつつ、マリーちゃんと話した内容を教えてくれた。


「そうなの。

でもその時はやっぱりパスタには本来のパスタ麺よねって事で、終わってしまったのよ。

ね、マリーちゃん」


 スープだけになった3つの器に麺を入れながら、マリーちゃんに話を振る。


「そうなんだよ。

あの時はちょっと変わったパスタ料理ってので賄がてらラビちゃんが試作してくれてね。

でも飲み屋じゃうけないし、昼間の定食でも時間的に難しいって事で終わったんだよ。

やっぱり飲み屋じゃ酒の味に負けない味の濃い、腹にガツンとくるもんが必要だし、昼間は限られた時間でたくさんの客を相手にしないといけなかったからさ」


 そう、あの時はラーメンじゃなく、スープパスタを考案していたのよね。

わざわざ麺をラーメン仕様にして食感を変える必要もないって事で、お蔵入りになったの。


 それに魚介やお肉を使って出汁を取るなら、そのまま普通にパスタ料理として出す方がコスパ的にも、手間的にも良かったわ。


 でもこうしてあの時の経験が生きて新規の取引先がすぐにできたから、無駄ではなかったみたいね。

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