407.浄化〜国王side

「あ、あ、おかあ、さま……ああ、ごめんなさい、たべたい、ごめんなさい、たべたい、たべたい……」


 身の毛もよだつ言葉を拙い口調で喋りながら、巨体がフラフラと少女へと近づいていく。


「謝らないで、ルシー。

愛しているわ」


 黒髪の少女が、まるで愛しい我が子にするように、愛情を感じさせる口調で語りかけ、微笑んだ。


「おかあ、さま……さみしい……さみし、かったの……」


 言葉とは裏腹に、正面に立った魔獣の体は、鋭く大きな爪で少女を切り裂こうと振りかぶる。


 何かあれば魔法師団長であるライェビストが動くだろう。

そう判断して手を出さず、物陰から見守る。


 しかしライェビストは、興味津々といった様子ではあるものの、動きも魔力も微動だにしない。


 父親の助力など端から必要なかったのだと気づいた時には、白銀を纏う風刃が四方から突如現れて巨体を襲い、母親との境を一閃。

母親が緑の巨体から落ちていた。


「知っているわ。

あなたが愛に飢えていた事」

「お、かあ……さ……」

「良い子ね、愛しているわ」

「……あった……か……おかあ……さ……ま」


 少女の方へ転がった、小さくなった母親を抱き止めた少女は、流れ出る黒い血で白いローブが汚れるのも厭わず、抱き締めて愛を口にする。


 母を呼ぶ拙い声が途切れるまで、優しく言葉を繰り返す。

幼子にするように、黒髪を優しく撫でながら。


 その後ろでは、聖属性の風……いや、聖属性でありながらも、人が繰り出す質とは非なる浄化の風が、真っ黒な血溜まりの中に倒れる魔獣の巨体を包む。


 すると黒い血は意思を持ったかのように、風から逃げようとうねる。

それでも風は逃がすまいと執拗に包んでいった。


『ギャー!』


 どこからともなく聞こえる断末魔の声。

すると黒い血も魔獣の体も、サラサラとした結晶となって崩れ、風と共に消え去った。


「リアちゃん」


 気づけば少女の腕に抱かれる母親の声が途切れていた。

少女はまた別の名を呼ぶ。

すると今度は、5色の光を朱色に秘めた羽根と獣毛を持つグリフォンが、小狐とは反対側の肩に現れた。


 その瞳もまた、瑠璃石のようであった。

その藍は公女と同じ色合いだ。


 余は直接見た事がないが、あの羽根と獣毛の色は、亡くなったはずの聖獣ヴァミリアと同じではなかろうか。

瞳の色といい、体の色といい……まさか新たな聖獣?!


 もしこの2体が聖獣だとして、公女と酷似する瞳の藍が示すのは……もしや。


 余の困惑など知る由もなく、グリフォンも自らの魔力を少女に纏わせる。


「次はもっと……子供らしく生きられるといいわね」


 少女がそう言って、己ごと朱色の温かな炎で母親を包む。

この炎からも聖属性でありながら、非なる浄化の力を感じた。


 するとローブについた血と、抱いた母親から黒い煙が立ち昇り、炎から逃げようとする。


『ギャー!』


 朱色の炎も黒い煙を追いかけ、包む。

すぐに断末魔がどこからともなく聞こえ、煙と共にかき消えた。


 炎も風も収まり、少女の腕には母親の頭蓋骨だけが残っている。


 大抵の者は畏怖するような光景であろう。

なれど少女の纏う浄化の残滓とローブの淡い煌めきのせいか、そうは感じぬのが不思議よ。


 幻影が揺らぎ、ピンクブロンドの髪がフワリと揺れ、公女の姿へと戻る。


 それにしても頭の片隅にひっかかる黒髪の少女の姿。

交わしておった言葉とそれぞれの反応から、既に亡くなっておる公女の母方の祖母であろうが、疑問が生じる。


 母方の祖母あの者は公女が生まれた直後、実妹である先代ロブール夫人の怒りを買った。

公女孫娘の誕生に水を差したが故か、かの夫人にしては珍しく怒りを解く事なく、ロブール公爵家に関わる事が2度と許されぬまま、亡くなっておる。


 公女は何故に母方の祖母の、それも年老いた姿ではなく、自分と同じ年頃少女時代の姿を知っておったのか。

 

「「ラビ!」」


 暫し物思いにふけっておれば、突然の叫び声にハッとする。

見ると、息を荒くした公女が座りこんでいた。


「……ふぅ……大丈夫よ。

さっきリアちゃんと契約したばかりで、少し魔力を使い過ぎたみたい。

教会の一件で派手に力を使ってから、数日しか経っていないのもあるかもしれないわ」


 かいた胡座の上に頭蓋骨を置き、後ろに倒れこみそうになるのを両手で支えて、かろうじて耐えているようだ。

腕が震えておる。


 にも拘らず、聖獣らしき2体に温かな微笑みを浮かべる。

それがベルジャンヌ王女を描いた希少な肖像画の中でも、1枚しか存在せぬ、微笑んだ王女の面影と重なった。




※※後書き※※

いつもご覧いただきありがとうございます。

フォロー、レビュー、コメントにいつも励まされております。

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