338.そっち系の仲間〜ミハイルside

「と、いう事で離縁状と委任状と、私がロブール家の公女であるという証書を……」

「公女!」


 バン、と入ってきたのは、全学年主任。

慌てた様子だが、何事……。


「父親は…………そうか」

「はあ?!

ち、違う!」


 彼はまずは妹の腹に目をやり、愕然としてから、そのまま部屋を、いや、ここにいる人の顔をぐるりと見て、最後にヘインズへと照準を合わせる。


 ほの暗い殺意を、あの翳りを見せた朱色の瞳に感じ取ったのか、素っ頓狂な声を上げ、慌てて俺の影へ移動した。


 何となく、先程の自分のやり取りを思い出して、気恥ずかしくなる。


「これは……」

「おわかりでして?

これが薔薇の三つ巴でしてよ」


 女子2人は、頬を赤らめ、顔をニヨニヨと弛めて、何話してる。

絶対、碌でもない話だと、勘が告げる。

令嬢は、妹のそっち系の仲間で間違いないだろう。


 もちろん何が、とは聞かない。

聞けば、後悔する自信しかない。


「違います。

妹は何かを腹で温めていますが、妊娠していません。

父親も、そもそも存在していません」

「ほら、違いますから!

俺は誰も孕ませてませんから!」


 ヘインズよ、必死だな。

まあ、確かにあの翳った瞳から放たれる、ほの暗い殺意は、多分返答次第では、本気で殺る気しかないヤバいやつだったとは思うが。


「ふぅ〜………………そうか。

公女に限って、そんな事はないか……そうか」


 大分長いロングブレスだったが、ひとまず落ち着いて何よりだ。

滅茶苦茶、本気で誤解していたようだが、納得したみたいで良かった。


「それで、学年主任は何故、妹を探していたんです?」

「あ、ああ、それは、アレだ。

そう、他の生徒から公女が妊娠したと、いや、風の噂で腹が膨れていたと聞いてな。

全学年主任としては、生徒の体調の急激な変化も、気になったのだ」


 絶対嘘だな。

婚約者候補達の誰かから、妹の腹が膨れていたのを聞いて、慌てて確かめに来たんだろう。


 あの王子が妹の事になると、途端に人間味が出てくる。

本気で惚れているというのは、本当なのだろう。


「まあまあ、主任というのも、大変ですのね。

もう少しすれば、この子も生まれてくると思いますわ」

「……そうか」


 慈しむような眼差しで腹を撫でる様は、正に我が子を宿した妊婦のようだ。

本当に妊娠してないよな?!


 王子もそれとなく、ショックを受けた顔をしながら頷くな。

腹のそれは、何かの魔獣だ……多分。


「それにこの子は授かった子でしてよ?

ほら、3人でお出かけしましたでしょう」

「あの時……だがアレはもっと……」

「ふふふ、ヘインズ先輩のお陰で、すくすく育ってきましたの」

「……ほう……ヘインズの……」


 ん?

授かった?

ヘインズのお陰?

どういう意味だ?

いや、違う……しかし……まさか3人で?


「ち、違う……俺じゃ……そ、そうだ!

授業の準備があったんだ!

じゃあな!」


 俺と王子の視線が突き刺さったのが、かなり居心地悪くなったのだろう。


 時折見せる妹ほどではないが、脱兎の如く、逃げ去った。


「どうなさったのでしょう?」

「うーん……薔薇の思春期なのでは?」

「はうっ……なるほど!」


 令嬢よ、なるほどではない。

何か違う方向に女子達は結論づけているようだが、絶対違う。

何が違うかはわからないが、絶対に違う。


「ゴホン、それで、何故お前がお使いを?」


 意味を聞けば、絶対後悔するとわかっているから、違う、というか、本来の尋ねるべき事を尋ねる。


「お兄様は、今アレでお忙しいのでは?」


 そう言って妹は、元いた机に置いてある資料を指差す。


「ああ、それは確かにそうだが」

「受理して夫婦の抹消をするのに、通常丸2日はかかるのでしょう?

お時間は取れそうにないのでは?」

「いや、それは……」


 確かに、既に時間は押している。

2日も教会に待機するのは……正直難しい。


 それなら、少し後になってから手続きしたって良いだろうに、と一瞬考えて……内心頭を振る。


 あの危険な癇癪持ちのあの女が、行方知れずとなった、魔獣まで操れるあの女が、問題を起こさないとは考えられない。


 とにかく早く縁を完全に切るのが、得策なのは間違いない。


 国法では既に離縁出来ているとはいえ、教会の方での離縁も早急にする方が、領地経営する上では、賢い選択だ。

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