246.呪具の影響〜ミハイルside

「お年寄りに球を投げつけるなんて……恐ろしい子」


 全く表情はわからないが、ローブの何者かは間違いなく引いている。


「あらあら、首を自分で捻らせて死なせようとした誰かさんに言われたくなくってよ?

まあまあ、でもこの子……本当に微動だにしないわ?」


 ごくごく自然な流れでシエナの前に進み出た妹は持っていたハリセンで気絶……多分、きっと、気絶している……気絶であって欲しいシエナをつつき始めた。


 ……本当に微動だにしないが、死んでないよな?


 アルマジロの甲羅が硬すぎたんじゃないか?


「もしかして力加減間違えたかしら?

アルマジロちゃんを投げるなんて初体験だったから、ついうっかり?」


 だろうな。

俺は未だにアルマジロを投げた事はない。

ついでに人に向かって球投げを敢行した事もない。


「やっぱりここはドッ気つけにバシンと一発……」

「……ぅ」

「……残念」


 絶対ドッツキと気つけを掛け合わせただろう。

どつく口実見つけようとしてただけだろう。

本当に残念そうにするな。


 妹が殺人犯にならなくて良かった。

こんな時だが生きていてくれてありがとう。


 妹は少しずつ小さくなる鳴き声をあげる元ボール、アルマジロを再び抱き上げて腕に抱えると、ヘインズを素通りしてその父親である騎士団長の前に。


 ヘインズがすれ違いざまにビクリと体を震わせたが、どうしてだ?


「はい、どうぞ」

「……これは何かな?」


 厳つい騎士団長もちょっと戸惑っている。


 あ、魔法師団長の父が興味を引かれたのか腰に差してあった最後……多分最後のハリセンを無言で引き抜いた。


「気になっていた。

聖獣ヴァミリアの羽根か」

「……いただこう」


 やはり聖獣という言葉に反応しない四公はいないらしい。


 ん?

気になっていた?

いつから見られていたんだ?


「ふふふ、気に入られたのでしたらお父様もどうぞ。

起動ワードは悪霊退散でしてよ」

「……ほぅ。

札はもう無いのか?」


 父の言葉に嫌な予感がしてすぐさま妹の元へ走る。

ついでに王子も同時に走る


 妹の手が服へ伸びる。


 させるか!


「はい、どう……」

「「止めなさい」」


 間一髪、服の裾を王子共々押さえた。


「ラビアンジェ、こういう時は服に手を入れて取りなさい」

「気にしなくてよろしいのに」

「……それはどうかと思うぞ、公女」


 妹がどうするのか理解したらしい騎士団長はちょっと引いている。


「そういうものですの?」


 コテリと首を傾げる。

本気でわかっていないようだが、もう少し羞恥心を持て。


「そういうものらしいな。

ラビアンジェ、札」

「そうでしたわね。

まだうら若き乙女でしたわね、私。

はい、どうぞ。

起動ワードは祓い給えでしてよ」


 俺達の父親は全く気にしていない。

むしろ札の優先順位が高い気がする。

魔法馬鹿め。

らしいじゃないだろう。


 妹の発言には引っかかるものの、今度こそ言われた通りに手を使って札を取った事の安堵が勝る。

くしゃくしゃの札は父の一撫ででピシリと綺麗になった。


「凄えな。

雑な作りと雑な魔法回路だからこそ、羽根の力が発揮されるようになってるとか、どんな奇跡だ。

つうか何で古新聞なんだよ。

せめて上質紙にしろよ。

それに何だ、不穏な起動ワードの数々は。

恥ずかしさでこっちも何かがヤられる呪具になってんだろう」


 騎士団長も俺と同じ意見だ。

常識人で同士に見えてきた。


「それよりも……随分と楽しんでいたな」


 俺達の父親は全く気にしていない。

話題が普通に変わ……だと?


「ええ、お2人とも最後は決めポーズまで決めてくれましたもの」

「……そうか」

「ブフォッ」


 心底嬉しそうな娘に面食らったような顔で相槌を打つ父親……良い光景かもしれないが、俺の中の何かがヤられている。

呪具か?

あの聖獣の羽根付き呪具のせいか?


 やはり見られていた……。


 騎士団長、吹き出してブルブルするの止めてくれ。

俺も王子も違う意味で震えるから、反応しないでくれ。


「無視されてるから、このままお暇して良いかしら?」


 不意にローブの何者かが口を開いた。

視界の端に映るように警戒はしていたのに、いつの間にか存在が霞んでいた。


 妹渾身の呪具の影響を受けたに違いない。

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