238.本心〜ミハイルside

「はっ……また……あんたはそうやってどうでも良さそうに流すんだ……」


 恐らく少し前の俺と同じくシエナもまた気づいていたんだろう。

義姉の中では切り捨てられていて、興味を持たれていないことに。


 そして妹は相手が戦意を喪失するまで当然のように流し続ける。


 シエナは鼻白み、苛立ち、それに合わせるよう霧の濃さが増す。

いつも通りそうなると思ったに違いない。


 しかし今日の妹は違っていた。


 庇われていた背から前に出て、結界のギリギリまで進めば、シエナも対面へと移動する。


「そうね、正直どうでも良いわね。

あなたのこれまでの言動はもちろんだけれど、存在そのものについてもよ、シエナ」

「な、に……」


 恐らく初めて口にされた本心に、ずっと蔑みながらもからみ続けていたシエナは顔を引きつらせた。


「きっとこれがあなたとまともに会話できる最後の機会になるんでしょうね。

流して欲しくないと望むのなら、あなたがお祖母様の孫である事に免じてまともにお相手して差し上げるわ」


 何故祖母に免じてなのかはわからない。

そういえばあの離れでの祖母の話を出した時も、会わなくなって随分経つはずなのに反応していた。


 それとなく妹の隣に立てば、妹はいつもシエナへ向ける作り物の微笑みが嘘のように温かな、どこかお祖母様を連想させるような笑みを浮かべているのを横目に捕らえる。


「な、にを……そんな目で……」

「まず私はあなたの相手をまともにする価値を見いだせない。

そもそも初めて会った時からあなたは私を見ていないじゃない?」


 戸惑う闇色の瞳を真正面から藍色の瞳が捕らえ、静かな口調で語りかける。


「意味がわからない」

「気づかれないと思っていたの?

あなたロブール公女であるラビアンジェ=ロブールという肩書きとずっと張り合っているわ」

「……」


 思い当たるところがあるのか黙りこむ。


「そもそもそれ事態がお門違いなの。

確かに伯父様が駆け落ちなどせずにロブール公爵家に居座り続ければ、あなたこそが公女だったかもしれない。

その場合、お父様は当初の予定通り絶対に家督を継がなかったでしょうし、お母様と婚姻も結ばなかった。

だから私は産まれていないし、実母が平民でもあなたは公女として産まれてくる可能性は否定できない。

けれど伯父様はそうしなかった。

それこそが全てなのよ」

「それは母さんが父さんを唆したから」


 夢で見た通りに、シエナは両親をそう呼んでいた。

ならあの夢は……どうやったのかはわからないながらも実の両親を……確信が深まる。


「いいえ、伯父様の判断よ。

もちろんこれは私の推察だけれど、伯父様はこの四公という立場にあなたの実母が耐えれられると思わなかった」

「それは母さんが四大公爵家の夫人となるには、あらゆる面においても足りなかったから。

だけど私にできたのにできなかったなんて思わない。

あんたと同じで2人は楽な方に逃げたのよ」


 闇が濃くなる。

もしかしたらシエナが妹を敵視する理由の1つはそこにあるのか?


「あなたは確かに勤勉だった。

努力して報われ、一時は王族とも仲良くなって認められたからそんな気持ちが生まれるのは当然ね。

そんなあなただから、それだけだと本気で思ってはいないでしょう?」


 伯父が駆け落ちした本当の理由……それは俺にもわかるが、妹も気づいていたのか?


「あなたの実母は何よりも自分の命を守るという観点において明らかで覆しようのない圧倒的な力不足だったの。

もちろんまだ存在さえしていなかったあなた子供も含めてね。

最初から平民の出となるあなたの実母が四公の家の夫人として存在するなら命は確実に無くなっていたから。

つまり誰かしらによってあなたを身籠る前に、あなたの実母は消されていた。

少なくとも当時の勢力関係を考えても、そう動きそうな貴族の家は他の四公を始めとしていくつかあったでしょう?」

「そんなの……そんなの嘘よ!」

「何故?

あなただって調べているのではなくて?

自らの産まれたルーツをあなたの性格で調べないとは思えない。

それは子供らしい好奇心からではもちろんないわ。

あなたが弱点になりそうな事実をもみ消したくなるタイプだからよ」


 ぐっと言葉に詰まり、唇を噛みながら妹を睨みつけた。

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