232.霧散する郷愁

「わたし、しにたくない。

しぬの、こわい、いきたい、いきたいよー、う、う……」

『まったく、面倒だね』


 本当にね。

それでも恨まないのね、この子は。


 そこの2人も痛々しい目をして押し黙ったわ。


 純粋に死にたくない、生きたいと望むだけのこの子なら魔法呪にはならなかった。

生き物の純粋かつシンプルな欲だけで呪いは発生しない。

この子は体が腐る痛みから逃げても、誰かを妬んだり恨んだりだけはしていないのね。

まだ純粋な赤ん坊と変わらないし、だから聖獣の素養があるとも言えるわ。


 入れ物は魔力の大きい生き物であるほど呪う力が大きくなるから、ある意味最適だったのでしょうけれど。


 だからこそ義妹のような怨嗟まみれにした依代を取りこませる必要があった。


 魔力を取りこんでいたのはこの子の意思によるところが大きいわ。


 元々魔獣が孵化する時は魔力を消費する。

その為に卵がコロンと外の世界に出た時から自分でも魔力を貯めつつ、親も温めながら魔力を分け与えて貯めていくの。


 魔力が大きな魔獣は孵化にたくさん魔力を要するから、親のいないこの子は本能的に集めようとした。

そこにつけこんだのね。


 マーキングしたのは別の誰かよ。

卵と繋がって供給できる人となると、やはり義妹の可能性が高いわ。

お兄様にマーキングしようとしていたし。


 倒れていた人達の何人かは以前に義妹と一緒に睨んできたから、多分そう。

さすがにあの子の交友関係全ては知らないけれど。


 元々の依り代だったのは恐らくワンコ君。


 けれど元々は単純陽キャなキャラだから、ノイローゼ気味だったとは思うけれど、依り代になれるほどの気質は持ち合わせていない。


 だって彼は校内で私を見る度に恐怖し、怯えていた。

根本的に呪いに使える負の感情の種類も、その大きさも違うわ。

だから何か手を加えられて依り代になれるだけの感情を植えつけ、増大させたとしか思えない。


 よくあるのは悪夢を見せる事だけれど、実際は知らないわ。


 結局貯まった魔力も魂も、覆っていた呪いの膜をハリセンで破壊して出しちゃったから使えなくなった感は否めないけれど、根本的に力不足だったんじゃないかしら。


 ちなみに下のブルブルしていた抜け殻は黒い呪いに戻って義妹呪にとっくに吸収されたはずよ。


 彼の部屋に残った独特の気配といい、数ヶ月前の転移陣といい……きな臭い。


 ……やはり悪魔?

そもそも魂を絡めるような魔法呪は悪魔の得意分野だもの。

だとしても誰が呼び出したの?


 それとも……の?


 いえ、それはない。

あの時私が自分ごと……。


『ラビ、何を考えてるんだい?』

『あら、ついうっかり。

少しこの子に引きずられたかしら』

『そう……あの時のベルもこんな風だったのかい?』

『……どう、かしらね。

死ぬのは…………』


 怖かったけれど、生きたいとまでは思えなかった。


 出かかった念話の声を散らせる。

知ったらきっと悲しむわね。


『そうね、だからこの子が哀れで、微笑ましいと思えるわ』

『微笑ましい?』

『ええ。

こんな風になるまで、いえ、こんな風になってもと言うべきかしら。

それでも生にしがみつこうとする姿はいっそ哀れよ。

けれどこんな風になってもまだ、ただ純粋に生きたいと思えるこの子が微笑ましくも感じるわ』


 この子とあの時の私は、そこだけは決定的に違うから。


 もしあの時の私がこの子のように生にしがみつこうとしたら、違う道があったのかしら。


 もし私がもっと早く……いえ、どれだけ考えても過去は変わらない。

それに結局はあれが1番最善だった。


 今世の私が私であるのは、その後の人生が在ったから。


 ああ、時々無性にあの人に会いたくなる。

縁側でどうでも良いお話しをたくさんしたいのに……。


『ラビ?』

『ふふふ、熱いほうじ茶が飲みたいわ』


 あの人の好きなお茶を飲みながら。


『そうかい。

じゃあ、そのうち大奥乱デ舞を朗読しながら茶でも出しとくれよ』

『……私が朗読するのね……ちょっぴり雰囲気が台無しよ、リアちゃん』


 郷愁が瞬時に霧散したわ。


『そろそろ気を引き締めな。

くるよ!』

「あはははは!

呪われろ!

私にひれ伏せ!

あはははは!!!!」


 義妹呪に黒のリコリスが再び開花し、辺りは闇に包まれた。

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