226.何度でも言う、俺じゃない〜ミハイルside

「まってー、おにいさまー」


 けたたましい足音とどこかコミカルな動きで俺を追いかけて食らいつこうとする黒鼠を身体強化して走りつつ、引きつける。


「悪霊退散!

王子!」

「「祓い給え!」」


 鋭い爪の生えた短い前足で俺に攻撃したところをハリセンで弾いて合図を出せば、向こう側にいる王子と同時に手にしていた札を起動させた。

俺は弾きざまに片方の前足に、王子は彼の目の前の短足に札を貼って動きを止める。

これで足3本全に札が貼られた事になる。


「悪霊退散ー!」

バチィーン!

「祓い給えー!」

「「ギィヤァァァァァ!」」


 物影から窺っていた実妹が背後から貼られていない最後の後ろ足を利き手のハリセンではたいた流れで回転してそのまま反対の手にしていた札を後ろ手に貼りつけた。


 見た目以上の衝撃が走るらしく、義妹も一緒に叫びながら飛び上がる。


 実妹はハリセンソードと言っていたが、確かにはたいた所が裂けて亀裂が走る為、ソード効果があるようだ。

たまたまだろうが。


 どうやら魔法呪にこそ効果を最大限に発揮する仕様になっているらしく、そこから黒い煙のような何かが湯気のように出ている。


 実際にハリセンや札を使うからこそつくづく実感する。

あの雑な回路だからこそ、聖獣の羽根が最大限に発揮されているのだと。

何の奇跡だとつっこまずにはいられない。


 痛みに歪む黒塗りの顔で振り返る黒鼠と背中に鎮座する義妹だが、惜しいな。


 実妹はとっくにいない。

毎回どんな勢いで逃げ去るんだとつっこみどころ満載だ。


 かつて実妹に教養をつけさせる為に追いかけた事もあるが、ここまで迷いなく逃げという行為に全運動機能をフル稼働して初動から猛ダッシュをかけられたら、そりゃ捕まらないなとこのタイミングで納得した。


「ギャア!」

「ああああ!」


 実妹が最初にハリセンを使ってこれで3度目だったが、流石に苛ついたようだ。

黒鼠と義妹が天を仰いで絶叫する。


 すると黒い煙が再び集まり、傷口が閉じる。


 不意に黒鼠が俺に向き直り、義妹の暗黒の目と交叉する。


「おにいさま、ゆるさない」


 今までで1番はっきりと喋ったかもしれない。


 だが心中で何度でも言う、俺じゃない。


 義妹が体に生えた黒いリコリスを掻き抱く。

すると周りの黒が吸い取られているかのように薄くなり、甲羅が肉塊の時のような赤黒さに変化した。


 ボコボコとそれまで黒肌だった腕や、恐らく背中から黒花の蕾が生じる。


 目覚めた時のように身じろぎしたと思った瞬間、バッと、両手を広げた。


 花が一瞬で咲き、黒い花粉が霧のように周囲に散る。


「あっはははははははは!!!!」


 反狂乱になって再びブレた嗤い声が直接的に頭に響き、まるで殴られたようにグワングワンと衝撃を感じて目が回る。


「っ、くそ」


 思わずハリセンを取り落として片膝をつくものの、気力を振り絞って顔を上げれば甲羅一面に黒いリコリスが無数に咲きほこり、霧が黒さを増していく。


 視界の端には王子も片膝をついているのが見えた。


『あいつ、むかつくんだよ!』

『何よ、あんな子、顔だけじゃない!』

『ちょっと家格が上だからって生意気言ってんじゃねえ!』

『私の婚約者より顔が良いなんて許せない!』


 不意にそんな男女入り乱れた声に囲まれる。

あらゆる悪意が詰まった声だ。


「う、るさい!

幻聴、だ!」


 わざと声に出さずにはいられないほど、精神を直接切りつけられるような感覚に陥り、心臓がドクドクと不快に音を鳴らす。


『許せない!』

『妬ましい!』

『悔しい!』

『憎い!』


 いつしかそんな声に感情が支配されそうになる。


 だが、自らに何とか精神系魔法をかけてそれを抑え、何とか立ち上がって顔を上げ……ギクリと体が強ばる。


 目の前にニタリと嗤う義妹がいた。

正確には黒鼠からリコリスの葉や茎が折り重なって蔦のように纏まったその先からリコリスに包まれた義妹が咲いている。


 その両手にあったリコリスが俺の胸元に押しつけられた。

下にいた時のような痛みは感じない。


『死にたくない』

『生きたい』


 幼子の声でその2つの言葉が何度も頭の中で繰り返し響く。


 感じるのは死への恐怖。


 生への渇望。


 そして真っ黒に心を塗り潰される……絶望と悲哀。

 

 ガクリと両膝をついた。

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