219.バウアー〜ミハイルside
「ブレる全身黒タイツ……」
半透明の義妹の殺意に呆然としていた俺は、実妹の言葉に我に返る。
期待に満ちた曇りなき
実妹の中で顔だけヘインズの魔力は全身黒タイツに命名されたらしい。
突っ立ったまま、ガクリと首だけ項垂れている様に哀愁を感じなくもない。
しかしその表情はいつの間にか目を開き、真に迫った恐怖で歪んでいた。
確かにブレているようには見える。
よく見れば、高速で左右に揺れているようだが、どんな原理だ?
「ミハイル!」
不意に、それまで実妹の視界から外れるように後退して普通の速さで肩を揺らしていた王子が、警告するように俺の名を叫ぶ。
彼がこちらに駆け出すのと、俺が気配を感じて振り返ったのは、きっと同時。
直後に胸に刺されたような激痛……。
「シエナ?!」
愉悦に歪む顔をした半透明のシエナが俺の胸に触れた。
ニタリと小さな唇が孤を描く。
「っ、ぐっ」
すぐに何かの感情が迫り上がり、体の中で魔力が昂ぶり、強制的な高揚感が……。
「悪霊退散ー!!」
バチーン!
「いっぐっ!」
胸に弾かれたような、とんでもない痺れと鋭い痛みが走り、思わず両手で庇いながらその場に片膝をつく。
強烈に痛む胸を抱えながらも気力をふりしぼって顔を上げだ。
まずは少し離れた所に憎悪を滾らせたような半透明の義妹。
そしてその義妹の憎悪は、いつの間にか俺を庇うように目の前に仁王立ちした実妹へと一心に注がれている。
もしかして今……ハリセンで胸をしばかれた?
「お兄様、感情と魔力は落ち着きまして?」
「あ、ああ」
犯人らしき実妹は俺の方を振り返らずに、いつも通りの口調で尋ねる。
痛みはさっと引いていき、今は正座を暫くした直後のような強めの痺れだけが残っている。
これもじきになくなりそうだ。
文献に書いてあった東方諸国の正座とやらをかなり昔に試した事がある。あの後に感じた独特の痺れに限りなく近い。
「悪霊退散!!」
ドバチーン!!
これまた不意をついたように、今度は王子がそう叫んだ。
直後の音は実妹よりかなり大きく、そちらの方に驚き、後ろを振り返った。
「……ヘ、ヘインズ?」
吹っ飛び過ぎじゃないか?!
仰け反ったような格好で両手をバンザイして結界に上半身がめりこんでいるぞ?!
「公女を後ろから抱きしめようとしていた。
俺もまだした事がないのに、ふざけるなよ、この変態タイツっ」
王子の怒りどころがズレている。
見た事ない黒い類の睨みを利かせるな。
「全身黒タイツが地上スケート的バウアー……やるやつですわね」
実妹の言っている意味がわからないが、羨望の眼差しを向ける意味はもっとわからない。
やるやつなのは何に対してだろう……。
「公女、変態に羨望の眼差しは向けるべきではない。
俺のハリセンさばきはどうだろうか?」
「あらあら?
そういえば、随分と威力が強いですわね」
変態への視線が気に入らない王子は、実妹の視線を奪取する事に成功したらしい。
自分の手にしたハリセンを見せれば、細指がそれに触れて魔力を通す。
「やっぱり通す魔力の違いでしょうか?
回路が焼けておりますわ。
もう1つどうぞ?」
「うっかりかなりの魔力を通してしまったようだ。
いただこう」
再びくるりと背中を向ければ、腰のハリセンを王子が抜き取る。
「練習致しましょうか。
これくらいの感じがよろしいのでは?
悪霊退散ー!」
スパン!
実妹がそう言ってヘインズに近づき、黒いリコリスをめがけてハリセンを小さく振り下ろす。
バンザイして仰け反っているから、やりたい放題だな。
義妹を見やれば、ワナワナと体を震わせながらこちらに体を向けたまま、スーッと吸い込まれるように寮へ入って行く。
「こうか?」
バン!
しかしこの2人、全く義妹を気にしていない。
「まあまあ、黒いのが薄くなりましたわね。
んー、でももう少しこれくらいで。
悪霊退散ー!」
バシン!
「悪霊退散!」
パン。
「うーん……」
「ふ、2人とも……そろそろ……」
ちょっと色々哀れになってきた。
痺れが引き、立ち上がって結界の向こうでのけ反る顔をのぞき込めば……。
俺はスン、と表情を無にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます