169.最低限の務め〜シエナside

『それからもう1つ。

私達は先日第1王子殿下よりロブール第1公女を気にかけて欲しいとお願いされておりますの。

他ならぬロブール公子も同席している場でしたわ』


 その言葉に呆然としてしまう。

つまりお兄様もそれを望んだという事……。


 アイツがあの箱庭から帰ってから邸で何度か接触を試みたけど、ことごとくお兄様に阻まれているの。


 アイツにはもちろん、小屋にも近づくなと釘を刺したかと思えば、いつの間にかアイツに相応しかったボロ小屋を改修して柵を作り、防犯対策を、つまりは私を阻むように魔法までも自らかけてしまったの。


 それならと学園で接触を試みたけど、どういう訳かすぐにお兄様が駆けつけて連れていかれてはお説教……毎回よ?!


 最後は私がアイツの教室に着くより早く連れに来られてしまっていて、学園での接触も今日まで控えていたの。

絶対に私がアイツに会いに行こうとしたのを誰かがお兄様に報告しているんだわ!


 酷い!

あんまりよ!


『私達は王子殿下方の婚約者候補ですから、学園のあの有り様の元凶ともなった方々の動向には注意するよう指示されております。

貴女方1年生はともかくそれ以外の学年の、私達成績上位者の集まるクラスの者が合同討伐等で下位成績者達に危害を加えた事を深く、重く受け止めておりますの。

もちろん、どなたか達の日々の言動がそれを助長させてしまった件は別として、でしてよ?』


 グッと反論しようと開いた口をつぐむ。


 目の前の3人の高位貴族特有の冷ややかな顔。


 元々は市井で平民として育った私は、久々に向けられたその顔に……何も言えなくなる。


 平民からすれば、それは何かしらの罰を与えられる時の顔。

そしてお前は下々の立場なのだと明確な一線を引く時の顔。


 加えて態度だけでなく、言外でも、私を批判していると告げているわ。


 それはシュア様達の一団にいながら、全学年主任として赴任早々に何かしらの沙汰を生徒達に下していった第1王子に従って動く、生徒会役員の私にここ最近向けられ続けたのと同じもの……。


『ですから今後は身の程知らずにも、養女である貴女が嫡子であるロブール第1公女に以前のような無礼な言動を取るのはお控えなさって?』


 黙りこんだ私を気にかける事もなく、なおも続く言葉に苛つきが止まらない。


『私達以外にも、以前から貴女方の言動に眉をひそめていた者はおりましたの。

けれど私達は第2王子殿下と婚約者同士だからと、あの方に全て丸投げをして本来の臣下としての責任を果たしませんでしたわ。

傍観に徹していたとも申しますわね』


 だから何よ。

この女が何を言いたいのか理解できないわ。


『けれど言い方を変えればそうしてしまえるくらいには、あの方の無才無能ぶりは一周回って有才有能、かつ逃げのエキスパートでしたわ』


 ……なんなのよ、それ。

結局は高位貴族として責任を放棄した自己弁護がしたいだけ?

無才無能はどうしたって無才無能でしかないし、逃げのエキスパートなんて初耳よ。

そもそもそれ、褒めてるの?


 駄目だわ、色々な意味で表情を保っていられない。

仕方なくうつむいて、下ろしていた髪でそれとなく顔を隠したわ。


『貴女も含めた第2王子殿下方が無才無能だとして他の学生達の顰蹙ひんしゅくを買う程の言動を取った時には、誰かが苦言を呈する必要を感じる前にそれとなく、けれど完璧に自分1人に悪意を向けさせてはいなすなり、躱すなりしておられましたわ。

あのように華麗な逃げ技が誰にでも出来るはずがありませんのよ』


 そう言うと困ったような顔をした。


『あの方は確かに魔力も学力も低く、あらゆる教養からはお逃げになってきております。

けれど第2王子殿下の婚約者として、四大公爵家公女としての責任は……つまり行き過ぎた王族を諌めて他の貴族達の国への離反を未然に防ぎ、下々の者達を守るという、最低限の務めは果たされてきておりましたのよ』

『どこが、ですの……』


 アイツはただ逃げてばかりだったじゃない。


 納得出来ない感情が口をついてしまったわ。

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