130.いかがわしさに妹が霞む〜ミハイルside

「待て……読んだのか」

「読んだし、読んでいるし、今では自ら並んで買っている。

だが不定期刊行で次に刊行されるのがどの作品の続編か、はたまた新作なのかがわからないのが悩ましいのだよ。

ニルティ家の影たちに総力をあげて次の刊行日とどの小説なのかを探らせているが、これがなかなか尻尾をつかめない。

そこがまたそそるのだがね。

もちろん俺は大ファンだ。

特に女子同士のあれこれは世界観に風情をもたせていて非常に良い。

どうやらミハイル君も気になるようだな。

今度俺のおすすめ作品を貸してやろう」


 こいつ、本当に何をやってるんだ?

暇なのか?

そして何を言っている?


 本当に大ファンなのはわかったが、良い年をした男が陶酔した顔でうっとり宙を眺めて力説するな。

恐れ多くも先代の王妃陛下と同じ色の髪と瞳が泣くぞ。


「……いらん。

それに影が気の毒すぎる。

職権乱用も大概にしろ」

「ふっ。

影達も小説にハマった者しか起用していないから安心してくれたまえ。

皆溢れんばかり、いや、溢れてダダ漏れの熱意と使命をもって嬉々として命令を遂行しているから何の問題もないのだよ」

「……溢れ過ぎだろう」


 過去に妹の監視についていて時々覗きに来るらしい、オネエとやらの王家の影といい、いかがわしい小説にハマるニルティ家の影といい、影とは一体……。

良いのか、それで。


 まさかロブール家の影達も……。


 嫌な予感しかしないが、きっと気のせいだ。


 そんなやり取りをしていたが、ふと視線の先に保健室のプレートを捉えて現実に戻る。


「……着いたぞ」


 そう言って歩幅を大きくし、後ろのいかがわしさの増した男と距離を取り、保健室のドアをノックなしでさっと開けて無理矢理話を切り上げた。


 この話題に付き合ったら何かに負ける。

何かを失う気がしてならない。

何かが何かはわからないけれども。


「来たか……どうした?」


 保健室だからもちろんだが、いつもの保険医が足を組んで椅子に腰かけ座って出迎えた。


 四公という身分に臆する事のない口調で話す、この前髪の長い黒髪に厚めの細工物の眼鏡をかけた保険医は普段から愛想がない。


 ただ、今は何やら怪訝そうな顔、いや、実は保険医に扮するこの男との付き合いも長いからわかるが、恐らく心配されている。

それくらいにはこのごく短時間で疲労困憊となった自覚はかなりある。


「いや、少し疲れただけだ」

が実妹を日々気にかけているのは気づいていた。

さぞや心配だろう」

「……ああ」


 ここには正体を知っている者しかいないからか、口調が普段のそれだ。


 珍しく心配してもらった手前申し訳ないが、正直実妹への心配が霞んでいた。

もちろんそれは黙っておこう。


 しかし見た事はもちろん、小説すら読んだ事もない、いかがわしい小説家に思考を乗っ取られるとは、兄失格だ。


 すまない、ラビアンジェ。

今頃は死の危険に曝されて、さすがのお前もさぞや恐ろしく不安だろう。


 もしかしたらもう……いや、あの担任もチーム腹ペコは生き残ると言っていた。

チーム腹ペコ……何で公女のいるグループがそんなふざけた名前なのかは妹が帰ってきてから改めて話し合おうと心に決める。


 その為にもとにかく今は気持ちを切り替えなければ。

どんな状態の妹であっても、必ず連れ帰ってやらなければ。


「状況は把握できたか?」


 そう思っていれば、保険医は俺の後から入ってこの部屋の鍵をかけたウォートンに声をかけた。


「恐らく状況的に今回の騒動の引き金になった転移ミスは愚弟と、もしかしたらニルティ家と縁故の取り巻き2人が関わって引き起こした可能性が出てきた」

「蠱毒の箱庭に転移する事も含めてか?」

「そこまではわからないな。

うちの弟は誰かさんの異母弟と同じで実力不足を全く理解していなくて、プライドだけは実力に見合わず山のように高いからな。

蠱毒の箱庭に入りこんでも無事に帰還できると考えて軽い気持ちでやらかしていても不思議ではない」


 確かに第2王子とその取り巻きのエンリケも含めて、自分の力を過信して自惚れている節は常日頃から見られ、特にエンリケの相手を見くびる言動は目立つ。

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