129.ニルティ家次期当主と小説家〜ミハイルside
「やあやあ、待っていたぞ」
「ウォートン=ニルティ。
帰ったはずでは?」
先ほどまで緊張感を周りに与えていたニルティ家の長男にして、次期当主たる態度はどこへ放浪したとつっこみたい。
今は飄々として軽薄そうな雰囲気を漂わせているが、こちらが普段の様相だ。
3つ年上のウォートンには、実は俺がこの学園に入学する前から無駄に絡まれ続けている。
何ならこれまでにあと何人かの王族や四公の誰かしらに絡まれてきたんだが、この男の絡み具合はどこかの王子達と同じくらい酷い。
だから年上で学園の元先輩ではあるが、平素の場での敬語やかしこまった態度はとうに捨てた。
ただこの男、在学中は第2王子一派がいる時にはしれっと距離を取っていた。
学園を卒業した後は当然に学園外でしか会わなくなったから、俺達にかなりの面識がある事を第2王子一派をはじめ、今の学生達で知る者はほとんどいない。
「やや、顔色が悪いな。
よし、保健室で休もう」
「遠慮する。
急ぎ帰る必要がある。
そちらも同じでは?」
何言ってんだ、こいつ。
状況がわかってないのか。
一瞬そう思って憮然としてしまったが、思い直す。
この男は今のふざけた雰囲気からは想像できないくらいに抜け目がない。
意味なく引き止めるはずがない。
「はっはっはっ。
そんな顔をしないでくれ。
それより急ぎの用ができてしまったのだよ。
しかしミハイル君がどうしても急いで帰宅するというのなら……ふむ。
今ここで俺が倒れようじゃないか」
「……何故そうなる」
余裕がある時ならまだしも、今は実妹ラビアンジェの安否に気が気ではない。
相変わらずのこの軽い口調に、こんなにも苛つくのは久しぶりだ。
「よもやロブール家次期当主が、倒れたニルティ家次期当主を捨て去ったりはしないだろうからだ」
そう言って倒れるのかと思いきや、近寄ってきて隣に立つと、ガッと首に腕を回して顔を近づける。
それ、後ろからやったら首が締まるやつだぞ。
反射的に絡んだ腕を外して殴りつけそうになったのを堪える。
だが潜めたその声にハッとした。
「妹ちゃん、助けに行くつもりだろう?」
「……っ」
「やっぱりな。
俺も場合によっては愚弟の所に行こうと思ってたんだ」
「始末しに、か?」
飄々としたこの男の本質とその価値観は俺とは違う。
長い付き合いだ。
伊達に絡まれ続けてはいない。
表向きでは兄弟仲が良さげだが、実弟にどんな感情をもっているかなど、わかったものじゃない。
だからあの第1王子は……。
「状況次第?
で、俺倒れるから、保健室連れてってよ」
そう言って今度こそ本当に倒れようとするのを慌てて阻止する。
おい、冗談ではないぞ。
「待て、歩け。
行けば良いんだろう。
着痩せしてるだけで鍛えて筋肉量の多い男を抱えてなんか運びたくないぞ、私は。
そもそも男2人のそんな暑苦しい絵面、誰も見たくないだろう」
そう、この男は魔法だけでなく剣や体術も得意だし、軽く支えただけでわかる。
こいつ、間違いなく卒業後も鍛え続けている。
服の上からでもわかるくらいには体の質感が鍛えたそれだ。
「何を言う。
巷で流行りの小説作家のファン達には、ご褒美的な絵面だろうよ」
「どこの巷で、何だ、その作家は。
でまかせを言うな」
「でまかせとは心外な。
庶民から貴族まで、うら若き乙女達からご年配の淑女方まで、幅広い年齢層の女性全般にうけが良い作家様だぞ。
小説の内容も定番の男女の睦み合いだけではないからな。
野郎同士も淑女同士もありの、軽いものから深いあれこれまでと、これまた幅広いジャンルの小説を流布している。
もちろん一部の紳士にもファンがいてな。
ファン層がとにかく多様で分厚いのだよ」
「破廉恥どころか、いかがわし過ぎる」
幅広いにもほどがある。
要は衆道や百合というやつではないか。
「それがなかなかどうして、愛読家が増えている」
「はっ。
作家もファンとやらも気がしれん」
「それが読んでみたらなかなか良い世界観なのだ。
話の筋道もしっかりしていてブレなくてな。
俺もドはまりしているぞ」
胸を張るこの男……俺と同じく四公の次期当主ではなかっただろうか……。
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