107.生態系を変えるかもしれないチーム腹ペコ〜ジョシュアside
「入れ」
「失礼します」
意気消沈の様子で入ってきたのは2年Dクラスの担任だ。
後ろからは沈痛な面持ちで私達のクラスの担任と2年の学年主任が続く。
何事だ?
「転移先が……わかりました」
「……どこだ」
紅一点の女性担任の様子に、恐らくこの場の誰もが嫌な予感を持っただろう。
4年の学年主任が重く口を開く。
「……蠱毒の……箱庭です」
言葉を理解するのに時間がかかった。
「……それで?
学園側はどう対応する?」
一瞬の沈黙の後、いち早く口を開いたのはミハイルだった。
「理由を……」
「そんなものは後でいい。
事態は一刻を争う。
学園側はどう対応するのかと聞いている」
私達のクラスの担任が理由を話そうとするのを遮ってそう尋ねるには、それだけの理由があるのは疑うべくもない。
蠱毒の箱庭……よりによってあんな所に……。
ある意味隣国も絡んだ治外法権のような森だ。
ふとここ最近の婚約者との交流を思い出す。
何度も婚約を解消したいと願った婚約者。
いつも飄々と私の暴言を受け流し、私を相手にもしていなかった全く可愛げのない婚約者。
公女としての扱いなど全く受けていなかったのを全く感じさせず、逃げと生活能力のポテンシャルだけはやたら高い婚約者。
死ねとまで思った事は1度としてなかった。
「そうだな。
ニルティ家はもちろんだが、俺は他の家紋の代表でもある。
場所が場所だ。
学園はどうするつもりだ?
まず助けを出すのか、出さないのか。
助けるならいつ助けるのか。
それが何よりも重要だ。
ああ、今は言い訳はいらない。
はいか、いいえ。
はいなら、いつ動くか。
まず求めるのはそれだ。
その返答によってこちらもどう動くかを決める」
ニルティ家当主代理のウォートンもミハイルに賛同すれば、初老の学園長が髪と同色のグレイカラーの顎髭を撫でながら口を開いた。
「最速で助けられるよう動きましょうぞ。
しかし動く時期は王家と相談せねばならなりませんな」
「つまるところ学園は見捨てると?」
「それ以外に許される返答はありますまい?」
見捨てる……ミハイルの冷たい言葉を否定しない学園長に、どこか怒りを感じる。
「殿下、急ぎ王宮へ知らせを送ります」
しかし口を開くより早く、私の不穏な気配を感じ取ったかのように4年生の学年主任が言葉を発した。
わかっている。
蠱毒の箱庭は特殊な場所だ。
そこに転移したのが間違いで無ければ、学園長の判断は正しい。
あの生意気な婚約者はもしかしたら今頃はもう……。
予想外にも、胸が痛み、何処へ向けるべきかわからない怒りが湧く。
そんな自分にまた戸惑い、また痛んで、と胸中を騒がしい激情が暴れていた時だ。
「Dクラスの担任にラビアンジェの兄として1つ確認したい」
「はい」
ふとミハイルの言葉が耳に響いた。
「生きていると思うか?」
「私の主観でお話ししても?」
「ああ」
思わず担任の言葉に聞き入る。
「2年Dクラスのグループに限っては生きているはずです。
あのグループなら蠱毒の箱庭であっても生き残る可能性は高い。
彼らの個々の実力は冒険者のBクラスが精々。
公女に至っては底辺に近いかもしれません。
しかしグループとしての実力は冒険者パーティーのAクラスに匹敵します」
「どういう意味だ?」
私達の担任が訝しげな顔で問う。
「グループには公女がいらっしゃる。
彼女の主に食料になる魔獣への知識とそれを捕獲する為の魔法具の改良や人を的確に使う腕前は目を瞠るものがあります。
そしてあのグループにとって魔獣は食料です。
どこかの狩猟民族かと思うくらいに彼らは食欲に忠実で、努力を惜しみません」
待て、何だか話の雲行きがおかしな方向にダダ流れしていきそうじゃないか?
生きるか死ぬかの話が食欲の話になっていってないか?
あの学園長も眉を顰めてしまっているぞ。
「彼らは私のクラスでは畏敬の念を込めてこう呼ばれています。
チーム腹ペコと。
蠱毒の箱庭に転移したと聞いた時から、私は救出が遅れて蠱毒の箱庭の生態系が変わらないかをむしろ心配しているんです」
「「「「「「……?」」」」」」
2年の担任とその言葉に神妙に頷く2年の学年主任以外、言葉の意味を正しく理解できなかったのは言うまでもない。
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