第22話 答え合わせ2
やがて、彼女が現れた。
考察の中で、テルだろうと考えられた【自称:妹】が現れた。
あの老婦人はいない。
彼女1人だけだ。
今回、彼女はスーツを着ていた。
まるで、就活か葬式を思わせる、フォーマルなレディースのスーツだ。
彼女は僕たちの前に立って、1度お辞儀をした。
そんな彼女を見て、考察厨さんは小さくひと言、
「なるほど」
そう呟いた。
そんな考察厨さんに、彼女は頭を上げて口を開いた。
「初めまして」
「初めまして、えっと、テル君?
それとも、さん付けの方がいいかな?」
静かに、そして、とても常識的な会話から、答え合わせは始まった。
殺人犯かもしれない、そう考えられていた人物と相対したのに、やりとりはとても常識的だった。
普通だった。
「……そこまで、たどり着くとは予想外でした。
でも、あなた方の掲示板でのやりとりは見ていて楽しかったです」
静かに、本当に静かに彼女はそう語った。
見ていた。
まぁ、たしかにそれも予想されて然るべきことだった。
「あんな風に推理、考察する人がいるなんて世界は広いですね」
初めてあった時とは違う。
ノートを渡して来た時とは違う。
あの時のような幼さは欠けらも無い。
彼女は、
そう理解した。
見た目に騙されていた。
まず、身長が低かった。
これで、年下だと思い込んだ。
でも、違った。
彼女は、おそらく二十歳を越えている。
越えていなくても、社会経験をそれなりに積んでいる人種だとわかった。
「えぇ、そうです。
私が全てをセッティングし、あの惨劇の舞台を作り上げ、演じました。
……答え合わせをしましょう。
ほぼ、あなた方の考察は当たっていました。
けれど、一箇所だけですが外れていた部分もあります」
おだやかに。
そう、どこまでも、おだやかに黒幕である彼女は語る。
「最初の森谷毒殺の考察についてです。
あそこの推理、考察は外れています。
大多喜さんがグラスを割ったのを毒を回避するためだと考察されていましたが、あれはあの人が緊張のために割ってしまったんです。
舞台の打ち合わせの時に、大多喜さんは、こう言っていました。
『正気の沙汰じゃない。でも、それをお願いしたのは自分だ。とても正気ではいられない。怖いのだ。けれどその怖さに打ち勝たなければ、妻の名誉を穢した連中に屈することになる』と。
あの時は、誰に毒が当たるかわからない、とおもわせる。
その状況を作って挑戦者の方々にミスリードするのが目的でした。
これは成功したといえるでしょう。
考察や推理好きの方々は、ミステリ好きが多いので。
ミステリ作品に触れていれば触れているほど、こうだろうという考えに囚われやすいと考えたからです」
彼女の告白に、考察厨さんの目がキラリと光ったように見えた。
「なるほど、ということは最初から森谷を殺す予定だった。
森谷に毒に苦しむ演技をしてもらい、コウサカが介抱するフリを毒を飲ませた、ということですね?」
考察厨さんはスラスラとそう返した。
「えぇ、そうです。
その方がやり方としては簡単で、シンプルですから。
知ってますか?
予備知識などが、あればあるほど人というのは物事を難しく、複雑に考えやすくなるんですよ?
そして、思い込みや考え方に囚われると中々そこから抜け出せないと言うのも、思考の癖としてはよくあることです。
…………掲示板での書き込みでは、そのような考えが書き込まれていなかったのですが、もしかして考えついてはいたのですか?」
彼女の質問に、僕は考察厨さんを見た。
考察厨さんは、肩を竦めてすっとぼけた顔をして彼女を見返した。
「さて、どうでしょう?」
「まぁ、良いでしょう。
正直なことを言ってしまえば」
彼女は考察厨さんから、今度は僕を見た。
そして、少しだけ残念そうにこう言った。
「貴方に考えてほしかった。
貴方にたどり着いてほしかった」
僕は彼女を見つめ返した。
そして、ド直球に聞いた。
「……なんでですか?」
「貴方を選んだ理由ですか?」
彼女の返しに、僕は頷いた。
「えぇ、なんで僕だったんですか?」
「そうですね。
やはり、部下のコウサカから貴方の話を聞いたからでしょうね。
文学青年が実在しているのも驚きでした。
けれど、それ以上に驚いたのがミステリの女王の作品を読んでいたからです。
大人の読み物、と言い切りたくはないですが、やはりその歳でその作品を読む人というのは珍しく感じたんです。
漫画でも、ドラマでも、ほかのもっとわかりやすい媒体で楽しんだら殆どの人はそれで終わりです。
わざわざ、小説を、文字を読むなんて面倒なことはしません。
けれど、貴方はわざわざそんな面倒なことをしていた。
しかも、貴方が読んでいたのは古い方、読みやすく翻訳された【新訳】ではなく、現代の人からみたら読みにくい部類に入る古い方の翻訳版でした」
あ、中古で買ったからなぁ。
古い方の翻訳版しかなかったんだよなぁ。
「それをとても楽しそうに読んでいた」
そこまで彼女が言った時、考察厨さんが口を挟んだ。
「随分、俗っぽい選び方をしたものですね」
彼女は首肯した。
「名探偵として選んだつもりでした。
けれど、結果だけを見るならワトスンやヘイスティングスの方とも言えますね」
そこまで言って、彼女は訂正した。
「いえ、名探偵役があちこちにうじゃうじゃいたのは嬉しい誤算でしたけど」
そこで、妙な沈黙が落ちた。
少しして、考察厨さんが聞いた。
「参加者たちのノートに対する記述が無かったのは、あなた達がすぐに回収していたってことでいいんでしょうか?」
「えぇ、そうです。
あのあと、不都合な部分がないか検閲しました。
幸い、そんな部分はなかったのでありのまま、貴方に、スレ主さんに渡すことができました」
「なるほど。
じゃあ、これも聞いちゃいましょう。
なぜ、今だったんですか?
なぜ、二年も経過して他人に事件を推理させようとしたんですか?」
考察厨さんの言葉に、彼女は苦笑した。
「それは、推理や考察はしてくださらないんですか?」
「……あなた方の犯行動機は考えることができました。
でも、なぜ二年後にこんなことをしたのか、それはさっぱりでした。
だから、聞いてるんです。
わからなかったから」
彼女は、スっと目を閉じた。
そして、神に祈りを捧げるかのように、手を胸の前出合わせて、目を開けた。
「どうしてでしょうね?
気づいて欲しかったのか。
知ってほしかったのか。
私自身もわからないんです。
その両方かもしれません。
罪を暴かれ、裁かれたい欲望が私の中にあるのか。
でも、私が選んだ人も、この舞台に関して推理と考察をしてくれた方々も、私を、私たちを通報、あるいは訴える気なんて欠けらも無かった。
けれど、私たちが作り上げた舞台について考えてくれたこと。
その考える様子を見れたことは、とても楽しかった」
狂人、という言葉がある。
楽しかったと語る、彼女はとても常識的な社会人に見えた。
けれど、その常識的な社会人然とした様子が逆に不気味だった。
狂っているように見えないのに、とても普通に見えるのに。
彼女には彼女なりの理由があって、人殺しという仕事を果たしていて、そして、その仕事について考える第三者を見て、楽しかったと答えた。
それがとても気持ち悪く、不気味に見えた。
感じた、といった方が正しいかもしれない。
僕の理解の範疇を超えた動機だ。
「こう感じてしまうこと、それ自体が、私は醜い人間なのだと、大多喜さんの奥さんを貶めた連中と同じなのだと再認識できた。
だから、うん、思ったのとは違ったけれど」
そこで彼女は言葉を切って、僕を見た。
そして、不気味なニイッと、ゾッとする笑顔をはりつけてこう言った。
「貴方を選んだのは正解でした」
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