第15話 【渡部 たかや】の手記3

 頭が混乱する。

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 ついに生き残っているのは、自分と芳賀だけになってしまった。

 やはり外に出るべきではなかった。

 けれど、あそこで俺も、そしてきっとテル君も思ってしまったのだ。

 今、あの怪しい影を捕まえれば全て終わるのだと、そう思ってしまったのだ。


 天気が荒れてきた。

 せめて、ラジオでもあればいいのに。

 あぁ、なにを、俺は書いているんだ!

 そんなことは、今はどうでもいいだろうに。

 けれど、まるで台風が近づいているかのように、窓の外はだんだんと薄暗くなり、木々が揺れ、雲が早く流れていく。

 そんな光景を見ていると、また不安になっていく。

 カーテンを閉めよう。

 ふと見た時、あの不審人物が窓の外に立っていたりしたら、嫌だから。


 もしかしなくても、自分も死ぬのだろうか?

 殺されるのだろうか??

 死にたくない。

 死にたくない。

 死にたくない。


 アイツらは、外からやってきて俺たちを殺してまわってるんだ。

 どうしたって逃げられやしない。

 なら、こうやって部屋に隠れていても同じじゃないか??

 あぁ、ダメだ落ち着かない。

 こうして、文字を書いていても手が震える。

 怖い。

 いったい、あの時なにが起きた?

 テル君を殺した、あの方法が早業殺人というやつなのだろうか??


 ……ホラー作品だと、このノートが後々発見されたりして読まれることもあるのだろうか??

 自分の死後に??


 書くべきだろうか??

 少しでも、自分の見聞きしたことを書いておくべきだろうか??


 書いておこう。

 死にたくないし、死ぬつもりもないけれど、後々生き残って本土に戻ったあとに手がかりとか、証拠としてこのノートを警察に提出できるかもしれないし。

 書こう。

 これは、メモだ。

 メモは大事だ。

 あとで、思い出すために。



 まずは、どこから書こうか?

 そうだ、野球のバットを片手に見回りしたあとからがいいだろう。

 あの後、談話室に戻ってまたボードゲームや読書をして過ごした。

 そして、正午になった頃。

 俺とテル君は、昼食のレトルト食品を持って芳賀とオオタキの部屋をまわった。

 芳賀の反応は、ヒステリックなものであまり刺激しない方がいいと判断して、未開封で冷たいままの食事を部屋の前に置いてきた。

 そして、この後、俺たちはオオタキの部屋へ向かい、死体を発見した。

 まず、ノックをしても呼んでも返事がなかった。

 まだ寝てるんだろうかとも思わなくもなかった。

 鍵はかかっていた。

 事態が事態だ。

 もしかしたら、と俺とテル君は考えた。

 その時、鍵は嫌々ながらも自分とテル君が共同で管理していた。

 だからこそ、テル君と一緒に各部屋をチェックできたわけだけれど。

 それはともかく、その鍵を使って部屋に入った。

 そこで見たのは、まるで居眠りする学生のように机に突っ伏して息を引き取ったオオタキの姿だった。


 外傷は無かった。

 顔がぐちゃぐちゃに潰されていた訳じゃない。

 タバコを吸った形跡も無かった。

 飲みかけのペットボトルがあったけれど、とくに異様な臭いがするとかはなかった。

 机に向かっていたのなら、なにか書き物か読書でもしていたのかとも、思ったが、ノートも書籍もなかった。

 手首に指を当てて、脈を調べてみたが反応は無かった。

 呼吸も止まっていた。

 医者ではないから、本来なら死亡判定は出来ないけれど、オオタキはちゃんと死んでいた。

 完全に電源の落ちたガラケーが、ペットボトルの横に置かれていた。

 まるで、ただ、突っ伏して眠ってそのまま息を引き取ったようだった。

 粕田の時とほぼ同じ状態だった。

 違うのは、粕田の時はタバコの吸殻があったことと、もがき苦しんだように見えたことだろう。

 けれど、オオタキは綺麗な状態だった。

 まるで、眠くなったからそのまま突っ伏して眠ってしまったように見えた。


 とりあえず、そのままというのも気が引けた。

 ほかの死体の時と違って、普通に眠っているようにも見えたからだろう、俺たちはそこまで忌避することなく、彼の死体をベッドに寝かせると布団を被せた。

 ここで、テル君が手を合わせているのに気づいた。

 自分も同じように手を合わせた。


 今更ながら、こんな当たり前のことをするのを忘れていたことに気づいた。

 それだけ、非日常がすぎたのだろう。


 その後だ。

 あの影を見たのは。

 そう、影、影だった、

 人影が、オオタキの部屋の外にちらりと見えたのだ。

 思わず、俺は叫んだ。


「誰だ!!??」


 影はその声に驚いたのか、駆け出した。

 この時、早く動いたのはテル君だった。

 窓に駆け寄り、開ける。

 こういう時の反応は若さゆえだろう。

 彼は、ヒラリと猫のように窓から軽やかに外に出ると、人影を追いかけて走り出した。

 その手にはしっかりとバットが握られていた。

 俺もそれに続こうとして、窓枠に引っかかって顔面から地面に落ちてしまった。

 運動神経は使わなければ衰えると、社会人になってから学んだと言うのに。


 そうして、出遅れつつも俺はテル君の背を追いかけた。

 この時、外は風が強くなりつつあった。

 突風に一瞬、目を閉じた間に、俺はテル君の姿を見失ってしまった。

 しかし、すぐに二つの足跡を見つけた。

 それを頼りに彼を探した。

 すると、林のように木々が生い茂っている場所へと続いていた。

 そして、その出入り口付近で頭から血を流して倒れている彼を見つけたのだった。

 慌てて助け起こすと、その胸にはグッサリと深く包丁が突き刺さっていた。

 おそらく、頭を殴られた後に刺されたと思われる。

 この時、テル君にはまだ息があった。

 けれど、何かを訴えるように口を動かそうとした直後、彼の頭は力を失って、だらりとぶら下がった。

 息はなく、オオタキの時のように脈もとってみたが、欠片も反応はなかった。

 風は段々と強くなってきて、雨も降ってきた。

 その時、背後で足音が聞こえた。

 振り返ると、何者かが走り去るのが見えた。

 反射的に追いかけたが、すぐに見失ってしまった。

 今にして思えば、なぜこの時追いかけようと思ったのか、そしてそれを行動に移したのか、自分でも疑問だった。

 怪しい背中を見失ったことで、俺はそれ以上追いかけるのをやめた。

 そして、テル君が倒れていた場所へ戻って、俺はその凄惨な光景に悲鳴を上げた。


 テル君の顔が潰されていたのだ。

 時間にして数分あるかないか、この短時間に、彼の顔は無惨に耕されていたのだった。


 つまり、他に人が居たのだ。

 彼の顔を耕した誰かが居たということだ。

 この無人島に潜み、凶行を繰り返していた犯人は二人いる。

 怖くなって、俺はそのまま洋館に逃げ帰ってきた。

 テル君の死体はあのまま放置してしまった。

 その罪悪感とこの三日間に起こったこと、それらに俺は頭がおかしくなってしまいそうだった。

 次は、俺の番だ。

 帰りたい、家に帰りたい。

 部屋に閉じこもっても、同じなのだ。

 どうすればいい?

 どうすれば俺は、生き残れる??


 わからない。

 わからない。

 わからない。

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