第12話 【渡部 たかや】の手記1

 本格ミステリあるあるの舞台に招待された。

 携帯電話の使用は禁止らしく、このノートを渡された。

 どうやらこれを日記や、メモとして使って欲しいらしい。


 《中略》


 大変なことになってきた。

 まさか本当に死者が出るなんて。

 そして、つい先程さらなる爆弾がオオタキという人物から投げられた。

 彼は、コウサカの密室にバイトのテル君が関わっている可能性が高いと言ってきたのだ。

 殺人、ではなく、あくまで密室といった所に配慮のようなものが見え隠れしている。

 しかし、自分も鍵の所持で疑われたからわかる。

 あれは気持ちのいいものでは、決してない。

 二人はテル君を遠ざけて、こそこそと話していた。

 俺は、その話が聴こえてきただけだ。

 けど、あまり気持ちのいい話ではなかった。

 ふとテル君を見ると、悲しそうな顔をしていた。

 もしかしなくても、彼にも聞こえているのかもしれない。


 彼は、芳賀をちらりと見て、なにか考える素振りを見せたあと、今だ話している高倉とオオタキの二人に近寄って声をかけた。

 そして、こんなことを言い出した。


「お二人とも、俺を疑ってますよね?」


 それは、少し離れた場所でつまらなそうに読書をしていた芳賀にも聞こえていたようで、彼女が顔を上げるのが見えた。

 高倉とオオタキは、バツが悪そうに顔を見合わせた。

 そして、テル君を疑うに足る理由と推理を披露した。


「ですよねぇー」


 どこか棒読みで、苦笑しつつテル君はそう返すと、やはりなにか考えこんで、やがてこんなことを口にした。


「俺はほかの人たちと違って人生経験が少ないですけど、こういう時ムキになって違う、って叫んだとして、信じてくれないことくらい知ってるんです」


 どこか、なにかを諦めたような口調だった。

 酷く、大人びた、そして疲れたような口調だった。


「ムキになればなるほど、怪しい。

 感情的になるのは、自分が犯人だからだろ?

 きっと二人は、そう思ってるし、そう問い詰められるんだろうなって、いま考えてます。

 けれど、こうやって淡々と言葉を返しても、淡々と冷静なのがもっと怪しい、そう受け取られるんです。

 違うんです、信じてください、そう泣きながら懇願すべきなんでしょうけど、それをしたとしても、きっとお二人の懸念は晴れないでしょうし」


 不気味なほど、大人びた口調だった。

 進学の資金のために、住み込みで親元を離れて働いていた子供のはずなのに、その言葉遣いは大人のそれだった。

 いったい、どんな人生を彼は送ってきたのだろうか?

 そもそも、探せばほかにも割のいい仕事は見つかったはずだ。

 にも関わらず、このバイトに応募してこんなことに巻き込まれている。

 そういった意味では、彼も被害者のはずだった。


 テル君は、彼を糾弾しつつある二人を真っ直ぐ見つめ返した。

 そして、こう提案した。


「俺を監禁してください。

 コウサカさんの時のように。

 そのまま独りで、同じように過ごします。

 それで、俺が殺されたなら無実だと証明できますよね?」


 その瞳には十代半ばだとは思えない、壮絶な覚悟が滲んでいた。

 しかし、これは脅しだった。

 もしも、これで自分が死んだなら、殺されたなら、それはお前たち二人のせいだからな、という脅しだった。

 コウサカの件で負い目があった高倉が、表情を曇らせた。

 オオタキも、テル君の度胸というか圧に怯んだように見えた。

 ややあって、後ろめたさもあったのだろう、オオタキがおずおずとこんな提案を口にした。


「それなら、彼を監禁し、僕が彼の監視につこう。

 それが言い出しっぺの僕に出来ることだろうから」


 責任感からきた言葉でもあったのだろう。

 それにオオタキからすれば、テル君と同じ年齢の孫がいても不思議ではない。

 そんな存在を糾弾し、人殺しだろう、お前が犯人だろう、と吊し上げているのだ。

 きっとあまりいい気分ではないだろう。

 けれど、彼の気持ちもわからなくはないのだ。

 死にたくない。

 だから疑わしい人物を、捕まえて悪さをしないよう閉じ込めておきたい。

 その気持ちも理解できるから。

 ハラハラと芳賀が状況を見守っていたが、話の展開に口を挟むことはなかった。

 しかし、テル君がどこか見下したようなバカにしたような口調でさらにこんな提案をした。


「なんなら、縄なにかで縛ってくださいよ。

 そうした方が、安全でしょう??

 なにせ、俺はコウサカさんを殺してその顔をグチャグチャにした、頭のおかしい犯人かも知れないんですから」


 それは、その通りだった。

 監視するオオタキの安全を考えるなら、それはやるべき処置だと言えた。

 けれど、彼がまだ犯人だと断定出来たわけでもないのに、やり過ぎなんじゃないだろうかと思わなくもなかった。

 いや、確実にやり過ぎだ。

 けれど、自分の命がかかっている非常事態なのだ。

 こういう非常事態の時には、人はとても残酷になれるのだと、俺は四十年近く生きてきて改めて思い知った。


 縄の場所は、テル君が知っていた。

 縄は、物置にあった。

 念の為に縄抜けも容易にできないよう、彼を縛り上げた。

 と言っても手首を後ろ手にだった。

 その後、コウサカの時のような部屋は見つけられなかったので、オオタキに割り振られていた客室で監禁することが決定した。

 コウサカの部屋を確認したけれど、季節柄腐敗が始まりつつあって、臭いが充満していたので、却下された。

 同じように食堂もそういった臭いがしていた。

 だからか、監禁直前にテル君が、


「気休めですけど、大量のコーヒーの豆でも撒いておきましょうか?」


 そう言い出した。

 皆きょとんとした。

 話を聞くと、コーヒー豆には脱臭効果があるという。

 炭でもいいらしい。

 つい先程まで、剣呑な雰囲気でやり取りしていたというのに、なんかおばあちゃんの知恵袋みたいなことを言い出したのには、少しホッとした。

 毒の混入が疑われて、誰も飲まないならこっちで活用しようということらしい。

 疑われて監禁されるというのに、妙にこの子は神経が図太いようだ。


 こうして、テル君はオオタキの監視付きで監禁されることとなったのだった。

 すでに昼をとうに過ぎて、夕方近くになっていた。

 夕食のあと、芳賀と高倉は犯人と思われる人物を監禁した安心感からか、自室に戻ると言い出した。

 俺はそれを止めた。

 テル君が犯人と決まったわけじゃないし、これでもしも別に犯人が、殺人鬼がどこかに潜んでいたら、コウサカの二の舞になってしまう、と。

 そう言った。

 けれど、女性としては昨日今日知り合ったばかりの異性と夜を過ごすのは避けたいらしい。

 だから、遠回しに部屋に戻ると言われた。

 その際、高倉が芳賀に、


「念の為に、化粧品、リップや口紅の使用は避けろ」


 と注意していた。

 時限爆弾が仕掛けられているかもしれない、というのが彼女の持論だった。

 芳賀は、それに素直に頷いていた。


 せめて、なにも起こりませんように。

 そう願い、祈るしかできない。




【三日目】


 なんてことだ。

 今度は高倉が殺されてしまった。

 しかも、今度は包丁で全身を滅多刺しとなっていた。

 発見したのは、芳賀だった。

 朝、芳賀は高倉の指示を仰ごうと彼女の部屋を訪れたらしい。

 そして、声をかけても反応がなく、何気なくドアノブを回したらドアが開いたため、嫌な予感がして部屋に入ると、殺されている彼女を発見したらしい。

 そして、悲鳴を上げ、それを聞きつけた俺と、少し遅れて後ろ手に縛られたテル君を連れ立ってオオタキが現れたのだった。


 これで確実となった。

 犯人は、テル君ではない。

 この一連の事件は、この洋館かあるいは島に潜む何者かによる犯行に違いないのだ。


 念の為に全員のアリバイを検証することとなった。

 確実なアリバイがテル君にはあった。

 というのも、実は深夜、色々考えすぎて寝付けなかった俺は一度オオタキの部屋に様子を見に行ったのだ。

 この時、同じような理由で寝付けなかった芳賀と、監禁部屋となっているオオタキの部屋の前で遭遇している。

 そして、二人でオオタキの部屋をノックし、テル君の存在を確認していた。

 高倉は起きてこなかったから、おそらくこの時にはすっかり寝入っていたか、あるいは犯行の真っ最中だったのかもしれない。

 その後、俺と芳賀は一言も言葉を交わすことなくそれぞれの部屋に戻り、眠った。


 しかし、よくよく話を聞いてみれば、芳賀はこのあと1時間くらいしたらもう一度、監禁部屋の様子を見に行ったらしい。

 この時、テル君はオオタキと眠気覚まし変わりの雑談をしたあとだったけれど、うつらうつらと船を漕いでいたのを芳賀は確認している。


 オオタキは、完徹してテル君の監視をやり遂げたのだった。

 この時、不審な物音などは無かったか確認したが、なかったとのことだった。


 とにかく、犯人は他にいることが証明された。

 となれば、一箇所に固まった方がいいだろう。

 唯一の女性となった芳賀は嫌がるだろうが、もしそれで独りでいたいとなれば、それはそれだ。

 止めても無駄、ということが世の中には往々にしてあるのだから。

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